今日もまた、陽は昇る -2ページ目

劇団☆新感線を久しぶりに堪能。

DVDで 「アテルイ」。


市川染五郎VS堤真一。いやあ、中島さんの本、いのうえさんの演出、強いては新感線のスタイルは爽快で、見てて全然飽きない。


西牟田恵さん。ハスキーな声でイチコロです。かっこいい。ほんっとかっこいい。


コミカルな部分を持ちながら、シリアスに展開する物語。リズム、テンポ、効果、どれも琴線に触れるものですね。


殺陣GOOOD!!!



サブキャラもしっかりしてるので、ぐっと足場を支ええて主役を盛り立てる。



これこれ、これ、理想カナ。



新橋演舞場で一度、いのうえかぶきをこの目で見たいお~!!



渡辺いっけいさんの舞台での姿も初めて見た!イケてるw

舞台鑑賞【MONKEY】

ポエティックシンフォニーで共演させていただいた羽瀬文野さんご出演の舞台、MONKEYを見に池袋シアターグリーンへ行ってきました。

内容は、狼に育てられた人間が狼同様の生態になるように、猿を人間と同様に育てると人間に成り得るか?という政府主導の実験に携わる研究員と猿”早苗”のお話。その研究の実施に立候補した香川県のとある町。早苗は里親の夫婦の元へ。早苗は記憶を消され、自分が猿であることを忘れて、人間として愛情一杯に育てられます。

お笑い、ギャグ、ネタ的要素と、ホロリと泣いてしまう要素が上手く組み合わされ、軽快なテンポで紡ぎ出される猿と人間の交流。出演陣全て輝いている舞台でした。味がある人達ばかり。
羽瀬さんも、出てくる度に色んな役柄に扮して、きっちりはまってる。無理のない、自然でちゃんとキャラクターを掴んでるなって、感心しました、流石ですね!

とにかく着替えが多い舞台でしたね。合間を持たせるため?に色んなパフォーマンスも面白かった。特に猿の家族の夫婦漫才 (笑)どちらも男、シュールでおバカなネタや掛け合いが、意味も無く楽しかった(笑)

でも、ラスト近くに早苗はあるきっかけで自分が猿であることに気付かされてしまう。そして、御遍路さんとして、四国八十八箇所を巡ります。せつない気持ちを残しながら、終わるのかと思いきや…


流石ですねぇ。そうはさせないどんでん返し。


舞台やりたい。

チーム分け、悲喜こもごも?(笑)

今日通っています日ナレのレッスンにおいて、芝居の班分けオークションなるものが実施されました。内容は、講師が指示した役の人間達が前へ並び、更に別の役の人間達も並ばせて、片方が片方を指名するというもの。
もちろん、一人の人物に複数の手が上がるのもあるわけで、皆一様に緊張してました。
そんな中、私は一人のご指名をうけることができました。

これからはチーム力がものをいうので、どのチームにも負けない、それでいてオンリーワンを目指していきます!

ちなみに題目は、華々しき一族。昭和10年頃を舞台にした喜劇です。

巣鴨での朗読会とともに、ハァッ(ノ゚O゚)ノ

鑑賞【機動警察パトレイバー2 THE MOVIE】

 およそ現実世界とそんなに世界観が違わない臨場感が生きる西暦2002年の日本、及び世界。この作品では、首都・東京に「戦争」を持ち込むという、実験的な試みを主たる目的として描かれ、主人公・泉野明(いずみ のあ)、篠原遊馬(しのはら あすま)を中心とする特殊車両2課(以下、特車2課)の面々の活躍を縮小し、代わりに影の主人公と目される、特車2課第二小隊長・後藤喜一警部補と、第一小隊長・南雲しのぶ警部補を軸に、、アニメーションによるカメラワークの表現法にも徹底してこだわり、当時の世相の反映もさることながら、時代を先取りする諸問題にも触れている、実に押井守監督ならではのこだわり、哲学、持論が目立つものとして仕上がっている。


 90年代初頭にすでに「破壊活動防止法」や「PKO協力法」に基づく自衛隊の海外派遣などの、オウム事件でクローズアップされた「破防法」、憲法論議で問題とされる「イラク派遣」などの事柄がすでにここで取り上げられており、実際に物語冒頭、東南アジアの紛争地帯に自衛隊が国連軍とともに派遣され、今回の事件の首謀者である「柘植行人(つげ ゆきひと)」がレイバーとともに参加、そこで目の当たりにした「戦争」により、帰国後行方を晦まして、のちに自衛隊による首都攻撃を実行する。彼が海外の紛争地帯で見たものはなんだったのか。



「欺瞞に満ちた平和」



「正義のための戦争」



「血まみれの経済的繁栄」



これら、戦後日本が高度経済成長とともに生み出してきた産物とする会話が本編で語られる。


「それでもおれたちはこの平和を守る義務がある」。


後藤はそう話す。血なまぐさい偽りの平和、それでも街では人々が日々生活し、生きている現実を考えれば、偽物だろうが本物だろうが、それこそが現実であるのだ。

 「戦争という非日常」を見事「東京」に演出した柘植は、ただ純粋に「戦争」を平和・日本に作り出すことだけを考えていたようだ。

 要するに、映画自体が実験的な要素を持ち、柘植という人物を通して「虚構」の世界への検証が行われている。そしてさらに、南雲しのぶと柘植の過去の関係が、より物語を切実なものとしている。

 この作品で、私はあらためて押井監督の先見性や趣向、哲学、持論的な面を見ることができ、『攻殻機動隊』『イノセンス』などの超難解なアニメ作品への系譜を目の当たりにできた。前作の劇場版第1作目について、あえて触れることはしない。


 日本が誇る映像クリエーターにしてアーティスト「押井守」。その才能に、ただ感服するのみである。

分析。

養成所のレッスンを分析。

1年目、基礎科。芝居を学ぶ前のさわりのさわりから始まる。

まず恥を捨てる作業。

ゲームを通してのコミュニケーション訓練。

短い台詞の寸劇風。

ロールプレイング。

予め用意された台本の続きをチーム毎に製作、実演。

エチュード。

その他。

…個性を見る、伸ばす。弱点を突き付ける、長所を認め、褒め、伸ばす。役者の芝居観よりもむしろ人間性に触れるものを重視した内容。同時に、役者の適性も量る。

面白い発想、オリジナリティ、機転、工夫その他、周りをアッと思わす才能。なるほど、と思わせることが重要。

<つづく>

ほうたうのしあわせ、が繋ぐ”ワ”。

よだかの星、銀河鉄道の夜、注文の多い料理店、グスコーブドリの伝記…母親の影響で、小さい頃から親しんで来た宮沢賢治の作品の数々。

その、不思議と引き込まれる文体と独特の視点。それらを研究する大学教授との出会いも、私の感覚を拡げてくれました。

人生の中で、随所に吹くイーハトーブの風は、私に何を問い掛けるのか。

7月末に巣鴨にて朗読劇「セロ弾きのゴーシュ」に出演します。詳細は後日、お知らせします。カリーさんからのお誘いです。大変楽しみですネ!今回はママさん達に混じってきます。



カリーさんが語りで、ママさん達が動物達。で私、ゴーシュだそうです。
大好きな作品、自分を拡げるために、妥協無しの真剣勝負!

生チェロも入っての、なんだかワクワクする舞台になりそうです(^_^)

台本をより深く理解する。

大から攻めるか小から攻めるか。

華々しき一族。

読み込んで読み込んで、想像して、登場人物の気持ちになって、いくら感じてもレッスンで衝撃が走る。


解釈が違う。

気付いて納得、目から鱗。

いやあ、芝居ってホントいいもんですね。

水野晴郎さん、安らかに。
金曜ロードショー、毎週見てました。懐かしい解説。

あの頃は水野晴郎、高島忠夫、淀川長治のゴールデントリオが仕切ってました。

それでは、さよなら、さよなら、さよなら。

実感したこと

今日、朝方秋葉原に出向き、凄惨な事件が起きた現場を歩いてきました。

ソフマップの前には献花台。報道陣が献花、お参りにくる人々の様子を撮影していました。私も手を合わすだけはできることとして、してきました。

そして意図せずに足は万世橋警察署へ。考えながら込み上げてくる悲しみを抑えながら歩いていたら、沢山の人垣が見えてきました。ちょうど朝のワイドショーで言ってた、容疑者の身柄送検を待ち構える報道陣が待機してるとこでした。


上空には多数の報道ヘリ。


野次馬になるのは気が引けましたが、容疑者が乗る車をこの目に焼き付けるベく待ちました。

車がでてきたとき、実感しました。確かに乗っている。犯人が。

テレビで見ているかぎり他人事と考えがちですが、秋葉原という馴染みの場所で起きた事件だから尚のこと。

私には何も出来ないし、力はありません。ですが、身近な場所だからこそ、知っておきたかった…

亡くなった人達の無念さを、想像するしかありませんが、今日は色々考えを巡らせて秋葉原を歩きました。


志半ばで倒れた方、余生を楽しみにしていた方、何よりも幸せを望んでいた方々に改めてご冥福をお祈り申し上げます。


しかし思えば思うほど涙が出てきます…

声優・俳優についての考察(っちゅーか文句)!

 なんて偉そうなことを言いますが、そう思いません?これだけ世界(アジア特に韓国・中国)に日本の技術が流れでて、彼らの作った作品が日本に浸透してきているのに、日本は相変わらずアニメ信仰の真っ最中。週に何十本のアニメを乱造して製作費をカットしながら、似たような声、似たようなつくり、もうすべてにマンネリしているこちらはウンザリ。90年代の作品にあった良さが、本当に懐かしくも惜しい。

 やたら製作費をかける劇場用は作ってもタレントや有名俳優を使うから前評判だけで、肝心の作品全体のクオリティは低下。声優の活躍の場を狭めているのは、実は声優界自身じゃないかと、ふと感じるんです。宮崎駿さんが、もののけあたりから声優使わなくなった理由も、そこにあると思う。



ようは「アニメ声優」というレッテルを貼られてしまったがために、アニメ用の演技、声に特化したものとして、別ジャンルとして祭り上げられてしまった。加えてマニアックな人々に支えられるようになって、文化というレベルにまで持ち上がった、しかし、そこに盲点があったのではないでしょうか。はっきりとは言えませんが、たしかに制作側の思惑として、有名タレントやお笑い芸人を使えば、ワイドショーでも取り上げられて宣伝にもなる。みんな前評判で取り合えず見に行く。


こう言っては俳優さんやお笑い芸人さんたちに失礼ですが、やはりちゃんとはまってない人の演技はたとえ超縁起うまい俳優さんでも「アフレコ」という技術の前には遠く及ばないんですね。マイク前の演技がへたくそだから。




なめてるやろ。



と思ってしまう。もっとマイク前の演技を意識して臨んでもらいたいですね。私は声優を志していろいろ考えていきてますが、別に否定するつもりはないんです。ただ、見る側として、耐えられない。舞台や映画では演技うまい人でも、アフレコはかなり難しいということを、心得てもらいたいですね。軽々しく「声優初挑戦!」とかマスコミもいい加減にしてもらいたい。


声優初挑戦×

アフレコ初挑戦○


私は

声優という職業を

誇りに思います


声優=俳優


よき声優は、よき俳優。よき俳優は、よき人間。


「よき」という概念は人それぞれで構いません。


私は、声優として、声優「浜崎晃治」として、さまざまなジャンルに挑戦していきます。


ご静聴ありがとうございましたww



目と鼻の先の出来事。




秋葉原で通り魔。

またオタクが偏見のシャワーを浴びるのかと落胆した私を、それ以上に恐怖せしめた真実。

楽しい休日に、突然身勝手な狂気にかられた世捨て人により命を落とされた7人の方に、心からご冥福をお祈りします。

通り魔でなくもはやテロリズムの域だ。秋葉原という、馴染みの場所での惨劇に、仕事帰りの途中涙しそうになりました。亡くなられた方々の無念さを思うと…


犯人よ、世の中が嫌になったなら一人で爆弾抱えて海へ飛び込んで死ね。