いや
病気つってもめざましテレビの大塚さんみたいに命にかかわる病気じゃないから大袈裟かもしれないけどさ
自分を見つめなおす時間が増えたようで
若い頃から
仕事も遊びも自分のやりたいようにやってきて
不摂生にいよいよ身体がついていかなくなったと
もともと身体は強いほうじゃないけれども
若い頃にタバコもやめたし
お酒も毎日飲む習慣もないし
運動はしてなくても
毎週いろんなライブに行って身体は動かしてたから
健康診断の数値も全然問題なくて
ストレスだって感じないタチだから
いつまでも健康なつもりでいたわけだけれども
それが入院するくらいに自分の身体が自由に動かなくなって
精神的にまいったよね
まぁそんなことはさておき
今日のテーマは
「出会いと別れ」について
病気してるとこんなことを改めて考えるわけさ
友達や知り合い
これまで自分に関係した人たちとの出会いの瞬間て覚えてる?
けっこう覚えてるでしょ?
それが重要なものであろうとなかろうと
出会った瞬間の記憶が鮮明に残ってる人って
それからのプロセスも影響しているんだろうけれども
自分にとって大事な存在になることが多い
その瞬間自分が必要とする
いや惹かれたっていうほうが正しいか
魅力的に感じた人なんだと思う
出会った瞬間に感じた気持ちは
必然であるというのがオレの考え
その人がこれまで経験してきたことだけ
良かったことや嫌だったことの積み重ねでしか相手を評価できないわけだから
出会ってからその関係が深まったとしたらそれは必然
俗に言う運命ってやつ?
でも別れの瞬間は?
いやまだ自分は別れた人なんてそんなにいないって?
だって友達や知り合いは増えることはあっても減ることってあんまりないじゃんてね
それが違うんだよ
オレら意識してないけど
いつのまにか別れてるんだよ
実は数限りない別れを経験してるの
それが「瞬間」じゃないから心に残ってないだけで
実は別れてんのさ
明確な別れの瞬間て何がある?
おじいちゃんが死んじゃったときとか
まぁ不幸にして友達と死別したとか
付き合ってた彼女とケンカ別れしたときとか
もう二度と会えないってやつ
だから別れの瞬間はレア
でもね
小学校の友達とか
今全然会ってない人たちって実はもう別れてんだよ
事実上
自分も相手も
一生会わないかもしれない人たちは実はもう別れたと同じこと
記憶の中で生きているだけであって別れの時はもうすでに訪れてて過ぎ去ってる
別れの瞬間に鮮明なものなんて少なくて
鮮明な別れの瞬間があったとしたら
それは確実に大切な人だったってこと
別れる瞬間や直前まで
大切に思っていた人なわけだから
自分の人生にとって大切な人とは
「出会いの瞬間も別れの瞬間も鮮明なものであるはず」
今まわりにいる人たちを考えると
まぁ自分の家族や
田舎にいる一握りの仲良し連中
お世話になった先生や知り合いといった
これからまだ会う可能性の高い人たちなんかを除いてね
これから先もずっと付き合って行くことが確実な人や付き合っていけたらなって思ってる人ってそんなにたくさん残らないでしょ?
てことはその中で別れの瞬間にいっしょにいられる関係なんて一握りかもしれなくて
今自分の毎日において大事な存在であったり
今自分のことを考えてくれている人のことは
今この瞬間
一番大切にしていきたいなって思ったさ
まぁ自分もけっこういろんな人と出会ってきてるけど
結局10年以上たってもあんまり変わってない
そんな関係
ここ5年でも数名かなぁ
男も女もね
出会いの瞬間をもっと増やせばって思うけど
増やしたところで大切な人とはなかなか出会えなかったわけで
だから今大切に思ってる人たちとの別れの瞬間が
これからあるのかなとか考えるとホント切ないよ
でもその別れがいつのまにか訪れて過ぎ去ってしまうものであったらもっと切ない
そんなことを考えると
そんな人と会っている瞬間は
その二人の思い出の中にしか残らない大切なシーンなわけだから
どんな瞬間でも大切に記憶していきたいなって思う
時間は進むばっかりで決して後戻りはしてくれないものだからね
こんなにたくさんの人間が存在している世の中で
出会えたことだけでも奇跡だし
これから先
その別れの瞬間まで記憶される関係でいられたなら
それは素晴らしいことだなって思うんだ