玄関の前にでて、駅への坂を上り始めた。

「ここはまじっぽいから、雑誌とかには出さないほうがいいですよ」

淳が言った。

「いや、だからいいんじゃん、あたしが撮った写真いいと思うよ、プリントしてもちゃんと霊が写っていると思う」

「だから、ですよ。ここが騒がしくなったら、ここにいる人たちに迷惑かかりますから」

「え、見えてた?」

「ええ。芸者さんでした。紋付で、すそは花の模様が一面にあって」

「あ、すごい、俺そこまで見えなかったよ。というより人なのはわかったけどなんか怒ってる感じしかわからなかった」

「いや、それは俺らが騒いだからです」

ちょうど駅について改札を通る。

「最初は怒ってませんでしたよ。だから、また怒らせないほうがいいですし、そもそも迷惑ですよ」

帰りのホームへ渡るため、跨線橋を上っていく。

「きれいな人でしたよ」

橋の上から旅館の庭がわずかに見える。ふと、明かりが見えた。懐中電灯でも月光の反射でもない。ちょうちんの光に見えた。

「水沢君、あれどうみえる」

さらさが聞く。

「僕には、さっきの芸者さんがちょうちんを持って見送ってくれているようにみえますよ」

階段を下りてホームに着く。

「君、やっぱりよく見えるんだね」

「いいえ。俺、基本的にきれいなものしか見えないんです。悪いことするとか、そういうのは見えない。普通の人間と同じように見えるんです。だから、あの人たちも、できれば普通の人間と同じように扱って欲しいです。他人のところに勝手に来て騒ぐなんて、いけませんよね」

「は?でも私たちは下見の仕事で来てるんだから」

「だからですよ、雑誌なんかに出たら人が来てもっと場が荒れますよ」

類が割った入った。

「そんなの俺らの責任じゃないじゃないか。第一これくらいは別にいいだろう?誰に迷惑もかけてないし、この程度なら実際に来ちゃったやつがいてもたたられたり危険があるわけじゃない」

「わかる人間が来たんですから、それをや勧めることはやめるくらいのことはすべきです」

「逆じゃん。俺はこの力がせっかくあるんだから、この力に面倒かけられてる分、金にするよ。それぐらいしたっていいはずだ。特技で金を稼ぐのは、あたりまえのことだろう?」

「でも、いくら力があるからといったって、そういうことの専門家でもない人間が、無責任に人の迷惑になることしちゃいけないですよ。もともと不法侵入なんですよね。それに、さっきの芸者さんとかが怒ってきても、責任持てませんよね」

淳は、自分の話していることが、自分のいいたいことからなにかずれていると思って、いったん言葉を切った。そのとき電車が来た。もう一度口を開く。

「犯罪とか、そういう問題じゃなくて、責任とかでもなくて…正しいことをすべきです」

淳と類が向き合う。香子は、淳が誰かと諍って声を乱しているのを始めてみたので手出しもできず眺めている。さらさは目を背けている。電車のドアが開いた。類が淳から目をそらし、背を向けて、電車に乗った。淳は動かない。

さらさがつぶやいた。

「私たちがしていることって、正しくない?それともそんなに悪い?」

香子が答える。

「悪くはないと思います。正しくも、ないと思うだけで」

さらさと香子は、一瞬目が合ってから、さらさは電車に乗り香子はホームに残った。

電車が出て行く。

類とさらさはうろうろとあたりを見て回りながら騒いでいる。

「さらさ、あそこ!座敷の隅!あそこ撮って!」

「あ、わ、ほんと、なんかいる!」

香子はそっと淳に聞いた。

「ねえ、あそこ、なにがいるの?」

「誰、だよ。それに俺、悪いものは見えないんだ。俺に見えるんだからいい人だよ。多分芸者さんだな、三味線を持っていて、黒い着物を着ている」

「そうなの?」

「まあ、これだけ古い旅館ならここでなくなった人もそれなりにいるだろうしね」

そのとき、さらさが大きな声を出した。

「いやっ!こわ、何、着物の女!明らかに霊じゃん!」

二人がデジカメの画面を見ている。

「うわ、ちょっと俺が見えているよりこわめ。というか、何で着物黒?」

淳の目に映る芸者の表情が変わる。こわばったような、険しい顔になっていく。香子には芸者の顔はわからないが、雰囲気が悪くなったことはわかった。

「あ、あの、あんまり騒がないほうが」

突然、大きな音がした。芸者が座っている横のふすまが倒れたのだ。二人の叫び声がさらに大きくなる。

「あの!」

淳が二人の声に負けないような大声を出した。一瞬二人の叫びが止まる。

「今のはふすまが倒れただけです。俺らのほうが邪魔者なんですし、出ましょう」

有無を言わせない口調に類もさらさも釣り込まれたようになった。

「ああ、そうだな」

さらさと類が出て行く。二人が外に出てから香子を促して外に出し、淳は一度振り返って礼をした。

「お騒がせしてすみません。もう大丈夫ですから。失礼します」

ごく小声で挨拶をする。芸者はふと微笑むと、三味線を置き、うつくしく袂をさばいて手を突いた。

そして外に出ると、淳は庭先に立っていた3人に声を掛けた。

「さ、帰りましょう」

そしてさっさと先にたって歩き出した。


「えっと、ここ、道があります。多分通用口みたいな感じで」

「ほんとだ、道がある」

淳はその間黙って周囲を見ている。

「水沢君、行こう」

類が声をかけ、4人は道を奥へ行った。足元はひたすら雑草に埋まり、それを類が慣れた様子で踏み分けるように進んでいった。

「あ、ここ、茶室と離れがありました。えっと、茶室が先で、それに今残っている座敷が増築されてました」

「茶室?茶道の建物?」

「はい、そこに飛び石がこう続いていて、手洗い鉢がありますよね。あそこが蹲で、またたどると途切れたところの大きな石、あれが沓脱ぎ石で、その上ににじり口がありました。小さい、正方形の入り口の・・・」

「わかんないわかんない。詳しいねえ」

「好きなんですよ」

なんとなく息があってきた後ろの女子二人が建物を見ている。淳と類が先行し、少し間が開いた。ふと振り返った香子が声を掛ける。

「そこ、池があります、とまって!」

淳が足元を見ると、丸い石が敷き詰められた岸があり、そこからいくつかの大きな庭石が突き立っている。苔と藻に覆われた池の底に古い水がわずかに残っている。過去の風景に焦点を合わせた香子には、大名庭園の形式を取って洗われた丸石が芝生に接する緩やかな弧を描く水際が見えていた。水は透明度が高く、わずかに風が水面を揺らせば、映りこんだ月が形を揺らす。

現実の世界では、ちょうど半月と満月の中間の月が出たころだった。空には4人ともに見える月明かりがある。それ以外は類とさらさが持っている懐中電灯しかない。

「うーん、なんか出そう」

「それ、このメンバーだとしゃれになってない気が」

「はは、まあじゃあ、ちょっと中見ようか。こんなに大々的に開いているなら入っちゃってもいいかな」

建物の雨戸は、みんな閉めてあったはずなのだがところどころ開けられてあり、ガラスが割れているところもある。ガラス戸が割れていないところを引き開けて中に入る。畳が上げられているところがほとんどで、その一部は床板も外れている。

「ここは多分座敷ですね」

「きれい、この部屋」

「そうなの?」

「ええ。宴会とかするところですよ。あそこ、今も3間分の床の間と違い棚がある」

淳は入ったすぐの広縁でぐるりと部屋中を見回している。そして、奥の部屋に行く襖の前を見ている。香子は、淳のそういう様子を前にも見たことがあったので、ああ、あそこに誰かいるのか、と思った。香子には、相変わらずなんとなく薄い人影のようなものが作る場面が次々に入れ替わり見えるだけだった。