こんにちは
こちらに気を留めて下さりありがとうございます。
私は今、特別養護老人ホームの看護師として働いています。
それまでは主に病院で勤務していたので、命を救うことが重要視されていましたし、そこに
迷いはありませんでした。
数年前に思いがけないご縁で老人ホームで働くようになり、
治療の場での看護から生活の場での看護となり、寿命を全うする事・自然な終焉について改めて深く考える機会をいただいたので,読んでくださった方と何か共有できるものがあればと思っています。
葉っぱのフレディは10年以上前でしょうか、森繫久彌さんが朗読もし、一時ブームにもなっていたと記憶しています。初夏の若葉から深秋を迎え枯葉となって枝から落ちて行く、葉っぱの
一生を描いた物語(絵本)です。
人も自然な人生の物語を想うとき青春があり壮年・老人へと遷り変り、枯葉となって今の体から卒業していきます。
ただ、今の時代は医療の発展に伴い、本来は体が食を受け入れなくなっても胃ろう(胃に直接、管を通して栄養をおくる穴)を作る事で栄養を摂り続ける事ができたり、それぞれの症状に応じた医療行為を行う事で、本来の自然な老衰の旅立ちとは異なる選択肢があります。
どちらか良いとか、悪いとかでは無く、自分は「人生の最期をどの様に迎えたいのか」選択出来る時代になっていると思います。
ご自分の最期とご両親などご家族の最期の選択肢を任された場合、ご自分の場合は自然の流れにそった最後を望みながらも、ご家族の看取りの選択を考えるときは真逆の選択を選ばれる事もあるかと思います。
ご本人の意思の分からない中での看取りの選択はどちらを選んでも悩み多き選択になってしまいます。
ご自身の老後の旅立ちを考える事は、逆算式にご自身の生きる=人生を考える事だと思います。
残された方が、必要以上に悩まなくても良いようにするためにもご自分の意思を伝えることは大切だと感じています。
最期までお付き合い下さりありがとうございました。