こんにちは

気に留めて下さりありがとうございます。

 

今日は、ご高齢の方の看取りや介護の看る側と看られる側の視点について

お話させていただきます。

 

看取りの問題を考えるとき、自分自身の死生観が

大きくかかわってくると思います

 

どんな事があっても長生きしたいと思うのか

自然な流れに任せて人生を全うしたいと思うのか…

 

これはご自身の経験やその時の年齢によって

様々な考えや思いが交差するものと思います

 

ご自身の看取りには比較的、現段階での

考えは見つけやすいかと思いますが

ご両親や大切な方のお看取りの問題は

なかなか難しいのではないかと思います

 

それはご本人の想いが分からない

・・・そもそも話したことも考えたことも

看取りを考えること自体に拒否がある・・・

事や、ご自分の判断で本当に大丈夫なのか?

とういう思いがあるからではないでしょうか。


ご高齢の方の旅立ちは、見送る側の身体の感覚と少し異なる経過をたどる様に思います。


看取りに関する本には、旅立たれるまでの自然な身体の変化や反応が記されていて、おおまかには

徐々に食が細くなり、眠る時間が長くなって、旅立ちを迎えるひとつの流れが記されています。


そこで、食が細くなる事に空腹を感じたり苦痛を伴うことはない様に思うのですが、見護る側としては、元気を出して欲しいと食べ物をしっかり摂る様に促したり、動かさないといけないと、頑張ったりされる事が多いと思います。


旅立ちを見送る側の方は、病気を治す事と同様の感覚で、食べさえすれば…動けさえすれば回復が図れるとの願いが強く働くと思うのですが、


体調不良で食欲の無い時に、食べて食べてと色んな食事を前に出されても

心遣いには感謝しても食べられないのに似た感覚

 なのだと思うのです


老衰に関しても医療の進歩によって胃ろうや点滴等、いくつかの対症療法的な医療行為が受けられる様になりましたが、命の営みに生と死は一対のものです。

20-30年前は寿命を延ばす事に重きが置かれ、受けられる医療は全て受ける事が当たり前な流れでしたが、自分の生き方やご家族の生き方に合わせた医療の選択・看取りの選択が出来る流れに変わっていけたら良いなと思っています。


最後までお読み下さり

ありがとうございました🍀