東映株式会社・映画宣伝部様より、先月末日に、映画『レジェンド&バタフライ』天下布武SNSキャンペーンの参加に伴う、当選賞品として【レジェバタ福袋】をご送付頂きました。
東映株式会社・映画宣伝部 御中
拝啓、貴社益々ご清栄の事とお慶び申し上げます。
この度は、私に【レジェバタ福袋】を当選させて下さり誠に有り難うございました。
【福袋】と言うだけあって、オリジナル・東映スタッフTシャツ、オリジナル特製ポーチに、特製マスク(色違い)2枚、ミニ扇子、特製ステッカーなど、かなりの盛り沢山の賞品内容で、こんなにも豪勢な当選品の数々を貰ったのは初めてだったので本当に嬉しい限りでした。
本当に有り難うございました。大切に使わせて頂きたいと思います。
敬具
HALU6700@HALU7100
本日、東映•映画宣伝部様から映画『レジェンド&バタフライ』の【レジェバタ福袋】というオリジナルグッズ類が届きました。Tシャツにポーチ、マスク、ミニ扇子など、こんなにも豪勢な当選品の数々を貰ったのは初めてなので本当に嬉しかったです^… https://t.co/q3mbTJSNJT
2023年03月31日 13:03
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【訃報】
ガン闘病に力尽く、音楽家・坂本龍一さんが逝去。
「世界のサカモト」と評され「教授」の愛称でも親しまれた、映画「ラストエンペラー」の劇中音楽でグラミー賞&アカデミー作曲賞を米国エンタメ界2大タイトルをダブル受賞され、音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」のメンバーとしてもご活躍された音楽家の坂本龍一(さかもと・りゅういち)さんが先月3月28日、死去されました。
享年71歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで営まれた。
坂本龍一(さかもと・りゅういち)
【1952年1月17日生ー2023年3月28日没】
○YELLOW MAGIC ORCHESTRA 『TECHNOPOLIS』(HD Remaster・Short ver.)
日本における坂本さんのマネジメント会社「キャブ」も「坂本龍一が去る2023年3月28日71歳にて永眠いたしました」と発表した。
2020年6月に直腸がんと診断され、両肺などにも転移しステージ4と公表していた。
マネジメント会社「キャブ」の「ご報告」は以下の通り。
ご報告わたくしども所属の音楽家/アーティスト 坂本龍一が去る2023年3月28日71歳にて永眠いたしました。謹んでご報告申し上げます。
2020年6月に見つかった癌の治療を受けながらも、体調の良い日は自宅内のスタジオで創作活動をつづけ、最期まで音楽と共にある日々でした。
これまで坂本の活動を応援してくださったファンのみなさま、関係者のみなさま、そして病気治癒を目指し最善を尽くしてくださった日米の医療従事者のみなさまに、あらためて深く御礼申し上げます。
坂本自身の強い遺志により、葬儀は近親者のみで済ませておりますことをご報告したします。また、弔問、ご香典、ご供花につきましても謹んで辞退申し上げます。
最後に、坂本が好んだ一節をご紹介します。
Ars longa, vita brevis
芸術は長く、人生は短し
1980年代に、細野晴臣さん、故・高橋幸宏さんとの3人組バンド「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)にて、「ライディーン」、「テクノポリス」などをはじめ世界的ヒット曲を次々と生み出した。
映画音楽でも知られ、1988年にはベルナルド・ベルトルッチ監督作のイタリア/中国/イギリス/フランス/アメリカ合作映画「ラストエンペラー」で米アカデミー作曲賞を日本人で初めて受賞。
晩年はガン闘病が続きましたが、最期まで音楽作りに情熱を注がれました。

昨年2022年12月11日に全世界配信されたピアノのソロコンサートが、最後の公の場になった。同9月中旬に事前収録。体力面を考慮し1日数曲ずつ演奏し、数日かけてコンサートに仕立てた。
今年1月に「YMO」で共に活躍した高橋幸宏さん(享年71歳)が死去した直後には、SNSにグレーの画像を1枚投稿。それ以外にコメントはなく、それが逆に悲痛な思いをうかがわせました。
3月初旬には、東京・明治神宮外苑の再開発見直しを求め、東京都の小池百合子知事らに手紙を送った。3月29日に配信された共同通信の書面インタビューでは「音楽制作も難しいほど気力・体力ともに減衰しています」と現状を明かしていた。
(※尚、坂本さんは同28日に死去しており、その翌日にインタビューが配信された形になった。)
2014年に中咽頭ガンと診断されましたが、治療の末に寛解。だが、直腸ガンと診断された2020年6月には、治療しなければ「余命半年」と宣告される。手術では、最初にガンが発生した原発巣と肝臓2カ所、転移したリンパの腫瘍、さらに大腸を30センチも切除。両肺に転移したガンを摘出するなど、1年で6回の手術を受けた。その後は通院して投薬治療を続けてきた。
3歳からピアノを始められ、小学2年の時にバッハの音楽に傾倒した。東京芸術大学作曲科を経て、1978年に故・高橋幸宏さん、細野晴臣(現75歳)と共に音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)を結成。1979年に当時斬新なシンセサイザーを使った音楽が海外で受け、世界ツアーを2度成功させた。国内では、竹の子族がヒット曲「ライディーン」(高橋幸宏さん作曲)、「テクノポリス」(坂本龍一さん作曲)などを流して踊るなど、社会現象にもなった。


俳優としても活躍し、1983年公開の大島渚監督による、日本/英国/豪州/ニュージーランド合作映画「戦場のメリークリスマス」では、英ロック歌手のデビッド・ボウイさん(2016年死去、享年69歳)と共演。男性同士の抱擁シーンも熱演し、話題となりました。
また、劇中音楽も手掛けることを条件に出演した同作品のメインテーマ曲「Merry Christmas Mr.Lawrence」などにて、英国アカデミー賞作曲賞も日本人として初の受賞。
今も尚、弾き継がれている代表曲のひとつでもあります。
○Merry Christmas Mr.Lawrence (Coda)
“戦メリ”がお披露目されたフランス・カンヌ映画祭で紹介されたイタリアの巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督に請われ、劇中音楽を手掛け、大日本帝国陸軍・甘粕正彦陸軍憲兵大尉役で出演もされた、イタリア/中国/英国/フランス/米国合作映画「ラストエンペラー」(1987年公開)では1988年の米国アカデミー作曲賞を日本人で初めて受賞した。
更に、同作品では米国音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞も獲得。
米国エンタメ界2大タイトルを初めてダブル受賞した日本人となった。
また、坂本龍一さんは、来たる6月2日公開予定の監督:是枝裕和×脚本:坂元裕二作品の「怪物」にも楽曲を提供。
是枝裕和監督が「長年の念願がかなった」というコラボだが、体調が思わしくない中での制作で、坂本さんは同作公式サイトに寄せたコメントで心情を吐露。全ての楽器の音階などを記すスコアについて「今回残念ながら、お引き受けする体力はなかった」と述懐。
「(是枝)監督からのたってのご所望で」ピアノ曲2曲を提供したとし、「新しいアルバム『12』からの曲や、古い曲を使って全体を構成してくださった」と振り返った。
理知的で「教授」のニックネームでも親しまれた。興味こそ原動力で、既成の価値観にとらわれず、やりたいと思ったことに全力で取り組んできた坂本さん。最期まで文芸誌「新潮」での連載で音楽観や死生観を語るなど、敬愛するバッハのように情熱は尽きることがなかった。
ただ、私個人的には、たとえ「世界のサカモト」などのビッグネームとなっても、尚、決して偉そうぶらずに、理知的なイメージとは真逆のダウンタウンをはじめとしたお笑い芸人などとコラボしたお馬鹿なコントなどにも進んで楽しんで出演されてられていた当時の嬉しそうな顔が忘れられないです!
坂本さんは大のお笑い好きで、1991~97年に放送されたフジテレビのバラエティー番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」でコント「AHO AHO MAN(アホアホマン)」にも自ら出演。汚れたブリーフにハゲのかつらという姿で、ダウンタウンの松本人志さんとで、アホアホブラザーを演じてられました。
目立つことはお嫌いなようでしたが、面白いと思ったことはトコトン進んでやる御仁だったらしく、何事にも徹底した人だったのでしょうね。
なので、今となっては、坂本龍一さんの黒歴史にもなるのかも知れないですが、私としましては、『ダウンタウンのごっつええ感じ』の『AHO AHO MAN』の動画で爆笑しながら、満面の笑顔で坂本龍一さんをここに謹んでお見送りしたいと思います。
「教授」こと坂本龍一さん。今まで私たちを楽しませて下さり有り難うございました。
どうかゆっくりとお眠り下さい。合掌。
今回も最後までブログ記事をお読み下さり有り難うございました。


















































