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~映画鑑賞雑記帳 &京都・滋賀の季節の歳時記 & 読書などのお気儘ライフ~

『スター・ウォーズ』旧3部作とも呼ばれる『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)、『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(1980年)、『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』で、初代ダース・ベイダー俳優としても有名だった英国人俳優のデヴィッド・プラウズ氏が11月28日に死去されていたことが明らかになった。享年85歳との事。

 

 

ボディビルダーやウェイトリフティングの選手としての活躍を経て、『007/カジノ・ロワイヤル』(1967年)で俳優デビュー。

198㎝の長身を活かし、その後、スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』(1971年)で長身でマッチョなヘルパー役として出演するなど、その他、数々の映画やドラマで悪役の手下などの役でも活躍。

 

 

▲『時計じかけのオレンジ』(1971年)でのマッチョなヘルパー役。

 

そして、1977年にスタートした『スター・ウォーズ』シリーズの旧三部作で、ダース・ベイダー卿の役を射止め、所謂、スーツアクターとして出演。(声についても、アメリカの名優ジェームズ・アール・ジョーンズに吹き替えられた。)

 

 

プラウズ氏は『スター・ウォーズ』撮影中にルーカス・フィルムの製作スタッフ側とトラブルになり、そのために『エピソード6』でダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーとの名シーンを演じることが叶わなかった。

それら不遇のエピソードについては本人がドキュメンタリー映画『I AM YOUR FATHER/アイ・アム・ユア・ファーザー』(2015年製作/2017年日本公開)で語っている。

 

▲『グリーンクロス・マン』に扮するデヴィッド・プラウズ氏。

 

母国イギリスでは1970年代に始まった、歩行者の交通安全キャンペーン「グリーンクロス・コード」のキャラクター「グリーンクロス・マン」も務め、スーパーヒーローのコスチューム姿で子どもたちにお馴染みだったそうです。1990年まで続いたキャンペーンは、2014年に復活し、80歳代になったブラウズもグリーンクロス・マン役で再登場していた。

 

グリーンクロス・コードでの歩行者の交通安全運動に寄与した永年の功績が認められ、2000年に大英帝国勲章(M.B.E)を受章したプラウズ氏は、2016年に体調悪化を理由に引退を表明していた。

短い闘病生活の後、11月28日(現地時間)に、ロンドンの病院でその生涯を終えたという。

 

 

『スター・ウォーズ』シリーズ旧3部作のメインキャストの中、もう4名もの名優が星になってしまいました(泣)💧

 

 

 

『スター・ウォーズ』にまつわるルーカス・フィルムの製作スタッフとの確執など不遇のエピソードについては、デヴィッド・プラウズ氏の半生を描いたドキュメンタリー映画『I AM YOUR FATHER/アイ・アム・ユア・ファーザー』(2015年)に詳しく述べられていますので、是非機会があれば、DVD若しくは動画配信サービスなどででも観て頂ければと思います。

 

○『I AM YOUR FATHER / アイ・アム・ユア・ファーザー』公式サイト

⇒ http://www.interfilm.co.jp/iayf/

 

 

 

スター・ウォーズ好きの私は、このドキュメンタリー映画も、勿論、インディーズ系映画も上映して下さっていた、京都みなみ会館にて鑑賞も致しましたが、『スター・ウォーズ』オタクも講じて、この作品のDVDも購入して持っていますが、未開封のままでした。

また鑑賞していたにも拘わらず、未だ、ちゃんと拙ブログにブログ記事化も出来ていませんので、また機会を作って、このドキュメンタリー映画を再度観直そうかと思ってる次第です。

 

 

 

 

○『I AM YOUR FATHER』劇場用公式予告編

 

 

○『I AM YOUR FATHER / アイ・アム・ユア・ファーザー』予告編

 

 

 

故人のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。

真のダースベイダー卿デヴィッド・プラウズ氏よ!永遠なれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も最後までブログ記事をお読み下さり有り難うございました。

 


最近、よくブログを拝読させて頂いている、Mr.プロレスさんのブログにて、あのエンヤなどに代表されるアイルランドのケルト音楽をロック風にした、”心癒す心洗う音楽”を奏でるロックバンドの記事を目にし、このアイオナ(IONA)の事を知り、このAmazonの特売期間のブラックフライデーを狙って、先ずは、その中でも名盤と呼ばれる、4枚目のアルバム「Journey into the Morn(邦題:明日への旅路)」を、私も購入し、早速、PCやiPhoneなどにダウンロードしました。

 

つきましては、私もこの”心癒す心洗う音楽”を、より多くの人にもオススメ致したく、今回ブログ記事として採り上げさせて頂きましたので、先ずは、このアイオナ(IONA)の代表曲などをYouTube動画にてご視聴下さればと思います。

 

○「Irish Day」

 

○「When I Survey」

 

○「Biーse 1 Mo Shult-Part1」

 

○「Kells」

 

○「ENcircling」

 

 

 

 

 

 

 

今回も最後までブログ記事をお読み下さり有り難うございました。

サッカー界の世界的レジェンドであり、アルゼンチンサッカー界の英雄でもある、ディエゴ・マラドーナ氏が11月25日、首都ブエノスアイレス郊外で心臓発作で死去されたとの事。享年60歳。

 

今月3日に硬膜下血腫と診断され手術を受けて11日に退院したばかりだったとの事。

 

ちょうど、今年の7月に公開予定だった、ドキュメンタリー映画『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』が新型コロナ禍の影響により、来年の2021年4月2日(火)まで公開延期となってしまっていたところに、今回のこのタイミングでのこの訃報には、正直驚かされており、私は、マラドーナ氏の大ファンだっただけに、かなり凹んでしまっています。

 

 

○映画『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』

 

 

公式サイト:http://maradona-movie.jp/

 

▲リオネル・メッシ(左)と、ディエゴ・マラドーナ

 

ディエゴ・アルマンド・マラドーナ(1986年W杯メキシコ大会優勝時)

1960年10月30日生~2020年11月25日没(享年60歳)

 

【評伝】

ディエゴ・マラドーナ氏は首都近郊で1960年に生まれ、少年時代からサッカーにのめり込んだ。

15歳でプロデビューし、翌年にアルゼンチン代表となった。

1981年に名門ボカ・ジュニアーズに所属し、その後、スペインのバルセロナやイタリアのナポリでもプレーをした。

 

華麗なドリブルや抜群の得点力で世界を魅了し「神の子」と呼ばれた。マラドーナの2大会目の出場となった1986年のワールドカップ・メキシコ大会ではアルゼンチン代表の主将を務めた。

準々決勝のイングランド戦では、ヘディングによる得点と判断されながら、実は手でボールを触れたとされる「神の手」ゴールで先制した。

また約60メートルのドリブルで相手選手5人を抜き去り、2点目を挙げた「5人抜きゴール」でも有名でした。

そして、この大会ではチームを優勝に導くことになった。

 

また、1990年のワールカップ・イタリア大会でも代表チームに準優勝をもたらす活躍をし、アルゼンチンサッカーの黄金時代の立役者となった。

 

 

一方、1991年にコカインの使用で15ヶ月間の出場停止処分を受けた。1994年のワールドカップ・アメリカ大会でグループリーグ途中に禁止薬物の興奮剤の使用が発覚して、サッカー界から一時追放された。1997年に現役引退をし、キューバの施設でリハビリ生活を送った。

2008年には、特例で追放が解かれ、母国のアルゼンチン代表監督に就き、指導者経験は少ないながらも、そのカリスマ性から、2010年のワールドカップ・南アフリカ大会で代表チームをベスト8に導いた。

 

○映画『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』予告編

 

 

 

 

個人的に、若い頃から、かなりマラドーナ氏の大ファンでしたので、アルゼンチンでしか売っていないマラドーナのTシャツやユニフォームのレプリカやグッズ類、或いは彼に関連する書籍類なども多数購入したものでした。

 

また、1994年にアルゼンチン代表として来日しようとした際には、マラドーナ氏が1991年にコカイン使用で有罪判決を受けていた事が問題視され、ビザが発給されない事態に。

結局、アルゼンチン代表チームの来日も中止となり、日本代表とのテストマッチは見送りに。

 

この試合のアルゼンチン代表戦の観戦チケットを私も購入していたのですが、代替試合としてオーストラリア代表が親善試合を行うこととなり、この広島ビッグアーチ(広島広域公園競技場)で実施されるはずの”幻のアルゼンチン代表戦”での生マラドーナのプレーを観ることが出来ず終いに。わざわざ広島県まで代替試合のオーストラリア代表戦を観る羽目になってしまった次第でした。

 

 

※尚、ディエゴ・アルマンド・マラドーナ氏の事をあまり知らない人が観る分には、彼の事を知る初歩的な教材にもなるドキュメンタリー映画として、鬼才と呼ばれる映画監督のエミール・クストリッツァ氏が撮ったドキュメンタリー映画『マラドーナ』(2008年)が参考になるかと思います。

 

 

 

○映画『マラドーナ』(2008年)予告編

 

 

 

 

 

 

 

 

故人のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。

ディエゴ・アルマンド・マラドーナよ永遠なれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も最後までブログ記事をお読み下さり有り難うございました。