今回のお話は、心の病を抱えておられるかたを対象としています。


 (わたしの話をお聞きになるかたのお悩みは広範囲で多岐に渡っておりますので、皆様それぞれに、今のご自分に必要な記事をお読みになられますことをおすすめしております。)

 
 心因性・内因性の心の病について(←外因性の心の病というものもあります)、
適切な心の治療を行うということは、「過去の開放」とか「自分らしくないものを手放す」ということだと言えるでしょう。そのようなことを行い、回復への道を歩き始めたはずなのに、とてつもない「怒り」が吹き出てきた、という場合があります。


 これは回復が「順調」に進んでいるということですので、周囲の人は(あわ)てなくとも大丈夫であるとお伝えしたいと思います。


●1● 「どんなに怒りを感じたとしても、自分や他者の身体に直接危害を加えないこと」

という制限が必要な場合もありますが、そのルールを守りつつ、


●2● 怒りを手放し少しでも気が済んだ余地で、今すでにある「幸福」や「良くなった」要素にフォーカス。
 そしてまた怒りが出てきたら感情のエネルギーを手放し、気が済んだ余地で今すでにある「幸福」や「良くなった」ことにフォーカス。


という繰り返しで次第に良くなっていきます。


 と、簡単にお話していますが、これは一足飛(いっそくと)びにはいかず、少しずつ気分の上昇を図り、同時に良くなってきている部分を自分で認めて喜ぶことが大切です。できればご家族や担当ヒーラーが「良き変化」を指摘してあげることが望ましいのですが、そういった人が誰もいなくとも自分で自分を鼓舞(こぶ)し、這い上がることはできるのです。とは言え、きついことをお伝えしているので、わたしとしても胸が痛むのですが、しかし誰一人として味方がいない、しかし良くなりたい、と思うのであればそのようにするしかないのです。


 さて心の状態が確実に良くなっているのにも関わらず、どうして「怒り」がでてくるのかという代表的な理由を、今回は三つ挙げてお話します。


 ① 良くなってきて精神的なエネルギーが回復してきた

 それまで心優しく、怒りを見せたことなどまったくなかったという、例えば鬱病の人が、怒りをあらわにするということがあるのですが、家族としては大変びっくりするものです。

 そして「この怒りがどこまで(ふく)らみあがるのか?人格が変わってしまうのではないか?」という恐れと不安で、担当医師に投薬の増量を頼むような人もいます。しかしこれは順調な回復なのであり、投薬や、「怒らないように」という説得により再びその人を眠らせる(黙らせる)ということはしないほうが良いでしょう。


② 身近な人間の状態の反映である 

 そうは言っても「怒り」が家族に向いた時はどうしたらいいのかわからないものです。そういった時はまずはとにかく話を聞いてみることです。無自覚であったとしても、それまでその人を黙らせる、つまり意見を無視したり、自分の考えを押し付けてきたり、という態度で接しており、そのために本人が「言うことを聞いてきたけれども、自分の人生はうまくいかなかった」という思いが怒りとなって噴き出している場合があるのです。こういった場合は心の病を抱えた本人の訴えをまず聞く必要があるでしょう。

 このようなケースにおいては当事者不在で治療方針を決めるということはしないほうが良いでしょう。もしも家族として、形だけではなく「心から仲良く」やっていくことを目指すのであれば、担当ヒーラーという他者に丸投げにせずに、まずは話し合うことです。相互理解の方向を目指しましょう。

 これは「果たして心の病を抱えた当事者だけが(・・・)明るく元気になっていけばいい、という問題なのでしょうか?」ということです。本人の気質の問題だと当事者だけのせいにしてはいないでしょうか?心を病んだ人というのは、親きょうだい、パートナー、職場といった身近な人の課題を映し出しているのです。


③ コントラストが苦しい

 ずっと苦しいだけの状態でいた時よりも、精神的に回復し始めた時というものはとても苦しく感じるものです。何故ならコントラストがついてくるからです。かといって後退する訳にもいきません。再び去勢(きょせい)して眠らせることが正解ではないことは、皆様もどこかでお気づきかと思います。これはポジティブシンキングでもなんでもなく、前進と向上あるのみなのであって、それ以外の選択肢はないのです。先述の●2●を、ご家族もご本人もしっかりイメージして頂きたいと思います。ご自分のペースとタイミングが最善ですので、回復への過程をたどって行って頂きたいと思います。


 今回はバーッと手順の骨子(こっし)のようなものまで書いてしまいましたが、ここから漏れるという人もおられるでしょう。たとえば「治る訳にはいかない」という人々です。このケースについても本当に慎重にお話を伺わなければならないのですが、もしも自分がそうであるという心当たりのある人には「自分のことだ」とわかるかもしれません。


 かなり厳しいケースもあるのですが、大抵の場合において「自分が一体どうしたいのか」を知ることから歩みを始めることが非常に重要かつ有効です。これは過去にもお伝えした「ノートに自分の今の思いを書きまくる」ということがおすすめです。

 今の現実があまりに苦しい場合、自分の本心と丁寧に向き合うという作業は、まるで大量の泥の中から小さな砂金を見つけるかのような気の遠くなる作業に感じることもあるかもしれません。しかし自分の本心は必ずありますので、他者がどうであれ、自分だけは決して自分を見捨てることなく、こつこつと自分の本心と向き合う習慣を身に着けていって頂きたいと思います。これは自分らしい人生を生きるための練習なのです。ですので必ずできるようになります。あきらめずに身につけましょう。逆説的ではあるのですが、結果に期待しなくなり、遅くとも習慣化した頃には、良き芽ぶきを感じることでしょう。


 ではまた・・・。