前回のブログ(こちら)で、わたしは「大人になると人生は選択できるようになる」と述べました。

 

 

 しかし、かつてのわたしは、

「人生は選択できる」と聞いた時に、怒りを感じていました。


 それは「自分の人生が苦しいのはお前の責任だろう」と自己責任論を振りかざされて攻撃されたかのような気がしたことと、


「そうは言われても何をどのように選択したらいいのかわからない」という困惑を感じたからです。


 ですので、
「人生は選択できるのです、で話を終わらせないで、どうしたら選択できるのか教えてくれよ!」と思っていました。


 精神的に健康な今があるのは、そこを通過してきたからです。



 さて、まず、そもそも人生が苦しい環境に生まれたことは、身体意識(フィジカル・マインド)であるあなたにまったく責任はないということを知って頂きたいと思います。


 次に、責任は自分には無いにしても、何をどうしたらつらく苦しい人生をリセットできるのか、ということについてなのですが、まず具体的なことを言ってしまうと、「自分にまつわるあらゆるジャンルのものを捨てまくる」ことから始めるということを、わたしはお薦めしています。


 「捨てる」ことと「選択する力」はどのように関係しているのでしょうか。


 それは「何を捨てるか、自分で決める。」という行為が、判断力を育てるからです。そしてその判断力こそが「自分で選択する力」そのものだからです。


 では、一体何を基準に捨てたら良いのでしょうか。


 それは、自分の「不快」の感覚で、捨てるのです。

 そして「快」を感じるモノは、残すのです。


 つまり、わたしのお薦めする人生のリセット方、及び「モノ捨て」の基準は、「自分の快と不快」です。

  
 この本来の自分らしい「快・不快」の感覚を、今はまったくわからなくなってしまったというかたもおられます。そういった際であっても自分の感覚を探し出して、ほんの少しずつ大切に育てて、伸ばしていきます。自分一人で慎重に、アンチやドリームキラーに邪魔されないように、です。その際に、なりたいイメージがあったり、先達(せんだつ)がいると心強く、効果を早く実感できることもあるでしょう。


 その前に自分の「欲求」の確認が必要な場合がありますが、後日またブログで触れることにして、長くなるためここでは一般的な話をします。


 さて、最もエネルギーを使う「人間関係」の捨て方について例にとりあげて、言葉の波動を下げて色々と説明してみます。
 
 
 まずは前者である「人生は選択できると聞くと腹が立つ」といったかた向けの話をします。

 例えば
「あいつ、いらねぇ!自分の人生から消え失せろ!」と思うような感情を持つようなかたは、かなり健康へのベクトルを持っています。何故ならこういうかたは自分の「不快」をしっかりと感じることができているからです。


 こういったかたは相手との関係を断ってもいいですし、あとで述べるような「あると不快で、捨てても大したことにはならないモノ」を捨てることから始めてみてもいいでしょう。


 もしも早急に関係を断たなければならないという判断をした場合は、
そのためにできることを探して見つけてください。必要だと判断したならば専門家やNPOのようなグループに相談してみることも良いでしょう。ここはまだ自力(じりき)で現実に対して働きかけを行ったほうがいい時期であると思われます。


 いずれの方法を取るにせよ、自分の身の安全は出来る限り確保してください。
(とは言えそうも言ってはいられないシビアなケースもあるでしょう。一概には言えませんが、こういった修羅場も自分で立ち向かい人生を切り開いていくタイミングだったという人々もおられます。)


 そして相手の悪口を言いふらしたりするのではなく(こういう行動に出る人は自分の中の罪悪感を正当化しようとしているのですが、これをやると相手からだったり、他からネガティブな出来事が返ってきます)、

憎しみを燃やすというのでもなく、ひたすら自分が好きなことを探す、といった「自己理解」にエネルギーを向けて使うのです。これが『マイワールド』づくりのざっくり解説です。

 そして、先でも、同時でも、落ち着いたあとでもいいのですが、「自分が何故その人に対してあれほど憎く思ったのか」という「自己理解」「自己との和解」にエネルギーを使います。これが『自分と仲良く』のワークのざっくり解説です。



 一方、こういった前者の人々のような、


「あいつ、いらねぇ!自分の人生から消え失せろ!」と思うような激しい感情を持つかたと比べて、もう一段作業が必要となるのは、「何をどのように選択したらいいのかわからない」という後者の方々の場合です。


 これは生来からほわ~んとした性格だったというよりは、何らかのメンタルブレーキや思考優位によりそうなったという可能性の方が高いと思って取り組んでみましょう。
 

 メンタルブレーキや思考優位でそうなっている人々の場合、後になって怒りや悲しみが噴出することがあるくらい(それはとても良きことですし、人として当然のことです!)今は「無感覚」になっている可能性があります。


 とは言え恐れることも不安に思うこともありません。やることは今どのような状態の人であっても同じです。まず「自分らしくない人・物・事を捨てまくること」です。(ただし「やりたくない」「やらなければいけないと思っているのだけれど・・・」という気持ちがあるのであれば、別の本心がありますので、ここはやらずに自分の本心を知っていきましょう。)


 「自分が嬉しく感じない人・物・事を捨てまくること」から自分の感覚を感じることを取り戻していきます。これがわたしがおすすめする、人生のリセットに必要な、「選択する力を身につける方法」です。


 こうお伝えすると「できない、わからない」とおっしゃるかたが一定数おられます。これも無理のないことです。苦しかったり、わからなかったりするのは、ここが人生にとって重要な精神的ターニングポイントになり得るからです。「無意識の自分」が抵抗をしているのです。何故抵抗するのかというと、癒されていない内側の自分が、危険を感じて、あなたの命を守ろうと思って抵抗しているのです。


 (あるいは先述のように「捨てたくない」「やりたくない」といったように本心が別にある場合がありますが、話が複雑になりますのでここでは割愛します。いずれの本心もまずは大切にして受け入れましょう。)

 

 「捨てること」は人生にとって非常に重要な行動ですので、いつかもっと詳しくお伝えするかもしれませんが、しかし、わたしの捨て方に拘泥(こうでい)しなくても大丈夫です。世の中にはすでにたくさんの人が色々な捨て方やモノの選び方を伝えてくれています。ご自分の感覚にあった方法を見つけて、あるいは独自に、実践されてみてください。


 「しまった、捨てなきゃ良かった〜」という失敗もあるかもしれません。しかし失敗を恐れすぎると何も行動できなくなり、人生が前進も好転せず、ぼんやりとしたもののままで時間が過ぎ去る可能性が高くなります。ですので「しくじりも()()()み」の姿勢で臨みましょう。

 
 とは言え、やはり失敗なんかしたくないと思っちゃいますよね(^_^;)


  ですので、まずは「たとえ捨てなければ良かったと思っても大したモノではないモノ」から捨ててみてください。例えば、安価で、また買いなおしができるもの、といった具合から捨ててみましょう。大量に消しゴムがある、なんて場合は、まだ使えるとしても、わたしなら家族の分だけ残して、思い切って捨ててしまいます。スッキリすると知っているからです。(勿論どうするのかは最終的にはご自分で決めてくださいね。それが「自分で選択する」ということです。)


 こういった過程のすべてが、本来の自分らしい生き方への羅針盤となる「自分の感覚」を取り戻すためのリハビリとなります。従って「失敗」というものはなくなっていきます。そして自分だけの羅針盤をもとに、自分らしい、他者との調和も心地よい状態になっていくのです。

 いかがでしたでしょうか。こういった小さなことであれば、「自分で決める。自分で選ぶ」ということが怖くありませんし、こういった小さな積み重ねを積んでいくことで、確実に「選択する力」が身につくのです。これはわたしの場合は年単位でかかったと思いますが、それは迷いながらであったとか、途中で中断せざるを得なかった時期があったためで、これが効くと知った皆さまは、もう少し短くても大丈夫なのかもしれません。ただしこつこつと、自分と丁寧に向き合い、継続して行うことです。


 そうしてご自分にふさわしい人生とライフスタイルを送ることができるようになったら、次は「自分の感情も選択できる」というステージに入っていきましょう。すると人生が加速します。

 

 しかしそれはまだ少し先のお話です。まずは「人、物、事」を自分らしく、自分の心からうれしいと思え、「お手入れすらうれしい」と思える範囲にまで削る作業が先です。

 

 しっかりと「選択できる感覚」を養い、身につけていきましょう。

 ではまた・・・。