50代のダイバーシティ(転職・副業・病気) -4ページ目

50代のダイバーシティ(転職・副業・病気)

定年まであと3年、35年もひとつの会社で生かされてきたけど、このままでいいのかなと飛び出してみることにした。
IT業界での35年間の出来事を振り返りながら、これからを考えてみようと思う。

35年も務めた会社を辞めるにあたって、というよりも次の仕事に向けて

身体のメンテナンスをきちんとやっておこうと、あれこれ検査したら

変なものがいろいろ出てきて、あーこりゃこりゃ。

おまけに、有休消化の予定も立てていたので、かなり忙しくなってしまったよ。

ブログ書いている暇がなかった。

 

3/1(月) お断りしたにも関わらず再度声をかけていただいた1社目の社長とZOOM再面談

・・・・なかなか好感触

3/2(火) 2月に切除した大腸ポリープの検査結果を聞きに行く

・・・・なにも問題なし。でも、一緒に診断されたいぼ痔はまだまだお付き合い中

3/3(水) と3/5(金) 昼間はテレワーク、夜は居酒屋バイト

・・・・まじめな居酒屋さんは時短営業なので17:00-20:00勤務、厨房(キッチン)担当

3/6(土) 今の会社の健保の補助を使って、脳ドック

・・・・なぜか突然H28年にやったピロリ菌除去の経過観察してないねって指摘あり

・・・・胃カメラもやることになって、なんとか予約

3/7(日) 7:00-15:30までパン屋さんでバイト

・・・・揚げ物とハンバーガーの担当。あと、コッペパンもこねこねしてる。

3/8(月)から三重県の伊勢神宮へご祈祷を受けに。

・・・・50歳過ぎのおっさんが青春18きっぷを買って、始発で出発!

・・・・浜松の弁天島で途中下車して、ウナギを食す(地元っ子の店なので激安激美味)

・・・・名古屋ではひつまぶしをご馳走になる。松坂屋に入っている店だが美味し。

3/9(火) 早朝、名古屋から三重の外宮(げくう)へ

・・・・伊勢市駅前の土産物屋は超良い。地酒の利き酒が最高だった。

・・・・帰りに松坂で途中下車して、A5の松坂牛を食らう。(地元っ子の店なので激安激美味)

   分厚いロースにがっつり差しが入っているのは驚愕だった。

・・・・夜は名古屋の味仙で激辛中華。しばらくトイレが大変なことになる。

3/10(水) 早朝、名古屋から三重の内宮(ないくう)へ

・・・・ご祈祷は朝早くが良い。すがすがしい空気と、何よりも人が少ない。

・・・・名古屋に戻り、例の1社目の中部支社長と直面談、翌日の社長のアポも取れた。

3/11(木) ゆっくり支度して予定になかった大阪へ

・・・・そう、1社目は本社が大阪。なんとなく採用してもらえそう(笑)

・・・・でも、プロジェクトがいろいろなところで発生しているらしく、転勤できる?って聞かれる。

・・・・出張はどこでも行くけど、転勤なんて聞いてないしね。即断です。

・・・・まぁ、成果はあったのではないかな?

・・・・帰りは予定外の新幹線で柿の葉寿司にビールで祝杯。

3/12(金) 椎間板ヘルニアの手術の事前検査と打ち合わせのあと夜は居酒屋バイト

3/13(土) 昼間は退職関連の届け出作成して、夜は居酒屋バイト

3/14(日) 7:00-15:30までパン屋さんでバイトして夜は居酒屋バイト

3/15(月) PCR検査→陰性だった!

3/16(火) 口から胃カメラ飲んできた。

・・・・すこし胃の出口にひどいびらんがあるということで、組織をとって検査にまわす。

 

ほんとは、今日は酒をのんではいけないのだが、ようやく一息つけそうなのでビール飲んでる。

さて、きりがよいのでハンバーグ作ってこよう。

 

転職すると決めてから、身体に異変が起きている。12月に左足首と腰に違和感が。
左足首は痛風で、尿酸の生成を抑える薬で尿酸値を下げることになり、もうすぐ正常値。腰痛はどんどんひどくなり、右足も痺れと痛みが出始めて座っていることができなくなった。MRIで調べてもらったら、ひどい椎間板ヘルニアからの坐骨神経痛で右足に痺れがでているとのことで、腰椎と仙骨のブロック注射を継続しているが回復せず。セカンドオピニオンの病院で再検査と対処を検討中。
毎年、春に実施されていた健康診断がコロナ禍のために12月にずれこみ、大腸の要再検査となり初めての大腸内視鏡でポリープが見つかり切除。良性だったのがせめてもの救い。
今の会社の健保組合から補助がでるから、今週は脳ドックを申し込んでおいたところ、数年前にピロリ菌の除菌してるからそろそろ胃カメラも呑んでおけとポリープをとってくれた医師に奨められて胃カメラも予約しといた。
ほんの3か月くらいで医療費がかなりの額になってしまったが、きっちり動ける身体をつくっておかないと、転職どころではなくなるので3月でどこまで足腰を治せるかが重要だ。

職探しはと言うと、内定をお断りした1社目からなんとなんと、健康不安が解消したら再考できないかと神の声が届いた❗

なんとしても、身体を治すしかないので、椎間板ヘルニアは手術前提で短期治癒を目指そうと思う。
知り合いの紹介から社長面談をして2社から内定をいただくと言うラッキーなのだが、仕事のマナーとしてできないことや、お断りするときはとにかく早く決断して早く連絡しなくてはならない。

年が明けて早々に1社めの会社の支店長さんに、先ずメールでご報告、少し時間をおいて翌日朝一に電話を入れる。
(いろいろなリスクを考えて)他社に行くことは伝えず、家族が収入面で不安視していることと、健康面での不安から内定を辞退させていただきたい旨を伝えた。
実は、年末から椎間板ヘルニアで坐骨神経痛を患って足の痛みと痺れからまともに座っていられない状態が続いていたのと、12月の健康診断で大腸検査で要再検査となり、内視鏡検査を控えていたのは嘘ではないし。収入面ではもしかしたら、妻に逆転されるかもしれないなぁということを思っていたのも本当のことだし。
こういう時は、本当のことだけで理由付けをしないとほころびが出たときに一気に破綻しかねないから、適当な嘘はつかないのが絶対に大事だと思う。

そうこうしていたら、2社目の会社に誘ってくれたBさんからLINEが入り、ちょっと話したいことがあると。コロナ禍とはいえ飲まずに話せない雰囲気だったので、話を聞くと社長と上手くいっていないとのことで、退職するかもしれない。。。って
1社目を断ったのに、2社目も「辞めた人が紹介した人という立場になるし、やりたいことを支援してくれる人もいなくなるということだし」何となくまずい雰囲気。
こういうのって、どんでん返しって言うんだろうな。

年明け早々に、今の会社には退職願いを出してしまったし。
その、退職願いが社内を廻ってたった2日で承認されたことに、辞めると決めたことは正解だったんだと別の意味で納得した。
ある日、会社の先輩Aさんが来年(もう、今年だけど)定年だからと言うことで、先に転職されていたOBのBさんも誘って飲もうと言うことになった。
昭和のオッサンは、理由は後付けでただ飲みたいだけなのだかww

Bさんはコテコテの営業で人望も厚く統括部長もやられていたのだが、定年退職の1ヶ月前に突如として早期退職プログラムを申請して、まんまと支援金(退職加算金)をせしめて辞めていった猛者だ。
おかげで、人事部が制度変更して早期退職プログラムの申請や審査がやたらと面倒になったのだが。

そのBさんから、うちの会社来ない?と突然のオファーが。社長面談を済ませた1社目から更に会社規模は小さくなるが、経営者との距離は近いし、まったく経験したことがない特殊なソフトウェア開発をやっている会社と言うことも面白そうだ。

なので、今回も社長面談。
70歳を越えている社長は、生粋のエンジニアで会社を拡大しようとはしていないみたいなのだが、独立してから40年近く潰れずにやっている。この社長も不思議な人だ。
わたしに何をやって欲しいかは、あとで考えるみたいな雲をつかむような面談で、年棒も1社目と同等で、内定決定。

やはり、運が良いのか、転職のハードルを下げすぎなのか。知り合いもいるし、2社目で決めようかと傾きつつ、早期退職プログラムの申請を出した年の瀬だった。

転職情報サイトへの登録や履歴書作成や職務経歴書もとても大切なのだが、転職すると決めたし、年収が下がるのは覚悟の上だし、もっとやりたいと思うことを優先しようと決めたが故に。。。転職活動というもの自体が億劫になってきた。

 

なので、会社のOBに相談してみたらそこそこのポジションで引き合いがあるらしいということで、早々に面談の段取りへ。

でも、相当ラッキーなんだろうなと思う。OBの知り合いが今の会社の親会社の役員で、面談する会社へシニア転職して某支店長をやられているということで、社長と直接面談となった。

 

いろいろと会話を重ねたのだが、やはり最後は断られても特に困らないし、なめられたら負けということで35年も仕事をしてきたし。

決め台詞は「わたしを採用しないことで本当に損をするのは御社の顧客だと思うし、後悔するのが御社とならないことを祈念します」

給与交渉では「35年間、自分から見積もりを減額したことはありません」とだけ言い放ってしまった。

 

大阪で起業して成功をおさめている社長だが、感覚的に変な社長だったのだが、私のことを気に入ったようだと某支店長から電話があった。

どこが気に入ったのかねww