長崎~熊本珍道中 平和公園編 | 和菓子職人のひとりごと

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和菓子職人halの日記。和菓子だけでなく、おいしいもの、好きなこと、子供たちのことなど色々です・・・。

・・・長崎市内観光のつづき。


和菓子職人のひとりごと 息子5才はじめての絵日記にひひ

原爆の日の前日の平和公園では、式典の準備が進められる中、イベントも行われていて沢山の人が来ていました。


入口の階段には地元の学校の生徒などが平和へのメッセージを描き入れたキャンドルが並んでいました。

和菓子職人のひとりごと


今、調べたらこんなイベントだったんですね。

平和の灯キャンドルライトアップ&コンサート

その場で一個100円の寄付で参加することもできたので息子にも絵を描かせてあげたかったけど、時間がなく断念汗



平和への思いのこもった折り鶴たち
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こんな作品も

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平和の泉のほとりの特設ステージでは、オペラのユニットが「千の風になって」を熱唱中。格別に胸に沁み入る歌声でした。


ここの石碑に刻まれている、「ある少女の手記」

「のどが乾いてたまりませんでした。
水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。
どうしても水が欲しくて
とうとう油の浮いたまま飲みました。」

和菓子職人のひとりごと


私が小学校1年生の夏、この文を初めて読んだ時の胸の詰まるような衝撃を忘れることはできません。

以来帰省するたびにこの公園と原爆資料館を家族で訪れました。

(今回資料館には時間がなく訪れることはできませんでしたが)


小さい頃は正直資料館に入るのは嫌でした。
自分と同じ位の子供たちの悲惨な写真、遺品・・・ 怖くて、恐ろしくて。

でもその「戦争は、原爆は、怖くて、恐ろしい」と感じることがまずは大事なんじゃないかと思います。

今では無理やりでも連れて行ってくれた両親に感謝しています。

大人になって訪れるとまたいろいろ考えさせられます。
自分の子供にもちゃんと伝えなくては。



私の父は被爆はしていませんが7歳だった当時のことを生々しく覚えていてよく話してくれました。


母も戦後の貧しい時代の幼少期のことを良く話してくれます。


実感はわかなくても自然と戦争の話を聞かされている私達世代。

でもその子供達との会話で戦争の話が出てくることはなかなかないものです。


15日にTVで沖縄の80代のおばぁが地上戦の体験を語っていました。壮絶でした。

語るのも辛いでしょうに…語ってくれたことに感謝の思いで観てました。

こういう方達もどんどん少なくなってきていると思うと焦りを感じます。


この時期は戦争関連の報道も多くなるのに、15日を過ぎるとピタリとなくなってしまうなぁとはいつも感じることだけど、

普段から機会あるごとに戦争について子供と一緒に学んでいきたいなぁとつくづく感じ、この時期にここを訪れたのも意味があったなぁと思ったのでした。