こどもおとな | 伝えたい人、音にならない考え事

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演劇、表現活動での色々。独りよがりだけど伝えたい、そんな支離滅裂。

こどもおとな。

私から見た十万喜さんという人間を表現するのにこれ以上の言葉はないんじゃないかというくらい、しっくりきている言葉です。


失礼だよね。分かってる。

でも、最初の印象から変わってないんです。子供みたいな方。自分の「好き」に忠実で、楽しそうに仕事して。発言に裏表がない(ように見える)から信頼できて。

典型的な「こどもおとな」だなあと思います。


最初は、「怖いな」って思ったんです。顔合わせのときだったかな。熱くて、真っ直ぐで、本気で夢を語るような人だったから。そういう人間は、どうしても警戒してしまう。フラフラ着いて行ったらその陽気にあてられて自分が潰れてしまうし、あらがっても居心地が悪くなるから。

今回の座組に参加してから1番最初のブログに書いたけど、とても強い言葉を使う人なんです。「覚悟」って言葉が好きで。普通の顔で「世界変えるぞ」って言う。その陽気が、強い言葉が、竜巻の中心みたいに周囲の人間を巻き込んでいって、巻き込まれた人間達もどんどん陽気に染まっていく。だから脚本家であり演出家で、ああいう「場をつくる」演出をされる方で、十万喜さんを中心に色んなことが回っているように見える。そういうパワーのある人って、やっぱりいるんですよね。ガキ大将みたいな。だから怖かった。


でもしばらく一緒にやってみて気づいたのは、とても丁寧にコミュニケーションをとる方なんだなということ。SNSとかLINEのグループとか、みんなに向かって話してるときは陽気が強くて怖いけど、サシで(もしくは少人数で)話してると変な安心感がある。


一昨日のYouTube配信で、十万喜さんと私は真逆だと言われた。うん?と思ったけど、こうやって特徴を挙げてみれば確かに真逆。十万喜さんは圧倒的陽キャだし、私は圧倒的陰キャ。使う言葉も十万喜さんは簡潔で意思がしっかりしてるけど、私は回りくどくて面倒臭い。

それでも、どこか通ずる部分があるんじゃないかなと私は思っていて。そうだ、思い出した。戯曲を読んだ時に思ったんだ。「あ、この人の書くものは性質が似てる」って。そう思った理由は未だに言語化できないんだけど。今回の戯曲を初めて読んだときに感じたよく分からない魅力のようなもの。真逆なもの同士が引かれ合うというよりは、自分と近しいものに出会ったような感覚だった。

で、実際本人と話してみると、私が苦手とする圧倒的陽キャ感が十万喜さんにはない。意外と(と言ったら失礼だけど)話しやすい。ただ勢いの強い陽キャじゃなくて、陰キャと話ができる陽キャ。熱い人には熱く返すけど、私みたいに思考が遅くて暗い人間にも、そのペースに合わせて接してくれる人。

だから私、十万喜さんは完全なる陽じゃないんじゃないかと思っています。これは本人にも言ったけど、腹の中、奥の奥のどっかにものすごく濃い陰がありそう。そうでなきゃ、めちゃくちゃ器用で誰とでも話合わせられる人でしかあり得ない。個人的な印象ですが、前者な気がしています。だから真逆だとは思わないんですよね。


ただ、使っている文法は圧倒的に陽。本人が意識してるかどうかは分からないけど、明るくて簡潔な言葉ばかり使っている印象です。言葉によって明るくなった人?そんな感じ。だから、大人だなあとも思う。自分の機嫌を取るのが上手いのかな。十万喜さんのいる場はいつもプラスの気が流れている感じがします。


ぱっと見ものすごく子供っぽいのにものすごく視野が広くて、でもその中から自分に必要な情報だけを選択して潰れないようにしてる。SNSとか見ると熱いことばっかり言ってるし生きるの不器用そうだけど、実は自分を含めた人の扱いに長けている人な気がします。



出会って2ヶ月足らずの人間が何言ってんだって感じですよね。十万喜さんにしてみれば的外れで失礼な話かも知れない。でも私から見た十万喜さんはそんな感じ。子供みたいだけどちゃんと大人だから「こどもおとな」。表現者として、その性質はすごく有用だなと思っています。


きっと十万喜さんは「褒められてるようで褒められてない」って言うんだろうけど。「否定されてる」と感じるんだろうけど。(私は意外と根に持つタイプです)

十万喜さんがどう思ってるかは知らないしなんか嫌われてるような気もするけど、そうじゃなかったとしても決して相性のいいタイプではないけど、私は面白い御方だなと思って見ています。十万喜さんという人間に、今だに興味があります。


それから。実は、こんな大人になりたいなあと密かに思っているのです。