客席同士、客席と舞台の間に大きく空間を開けられるような、大きな劇場ではない。対策なんて、どこまで頑張ったって完璧じゃない。直接的・間接的に、100人前後の人の命を預かれる覚悟が果たしてあるのか。いくら「ある」と言い張ったって、何かあったときに取れる責任なんて分からない。弱気になる要素はいくらでもある。怖いに決まってる。
知ってる団体も初めて聞く団体も、自分らよりずっと規模の大きい公演が次々と中止になる。毎日のように延期や中止のお知らせが目に入る。その度に「自分達はこのまま決行していいのだろうか」と不安になる。色んな人が色んなことを言っていて、色んな数字が信用できなくなってしまったから、何を基準に決めていいのかも正直分からない。
それでも、決めないといけない。仮にも主宰だから。二十歳そこそこの若造だけど、この公演に関しては責任者だから。背負わないといけない。それを分かってないと、多分今はやっちゃいけない。
万が一があったとき、私はどうするんだろう。予約数を見る度に、満席回が増える度に、そんなことを考えている自分がいる。軽率に見切り発車できてた頃は幸せだったなあ。
私は、演劇でお金を稼げてるわけじゃない。多くのプロフェッショナルな人達と違って、公演がなくなっても、少なくとも金銭面では困らない(劇場のキャセル料を別にすれば)。乱暴な言い方をしてしまえば、死にゃあしない。
だったら、今やっていることはなんだろう。たくさんの人を巻き込んで、危険をおかしてまで通すべき我儘か?ただの我儘で済むんだとしたら、今すぐやめるべきだ。
だけど、公演が動き出した以上、それは私の我儘だけでは済まなくなった。すでにたくさんの人が関わってくれている。たくさんの人が楽しみに(かどうかは分からないけど)観にこようとしてくれている。そりゃあ命に代えられるものはないけど、娯楽がいかに大事か、私は結構知っている。少なくとも私は娯楽がないと、案外すぐに心が死ぬ。
だとしたら、今公演をやる意味はあると思う。正直怖くてしょうがないけど、それでもなんとかして届けたいと思う。やれるだけのことをやったら後は祈るしかないけど。こんな状況の中で「やる」と決めたなら、楽しんでもらえるものを作りたい。
あー。でもやっぱり怖いなあ。無事にできるといいなあ。コロナそのものも怖いけど、感染対策に対する人の目も怖いんだよなあ。それは役者さん達もそうだけど、不安な思いさせてたら嫌だなあ。
そんな悩みは千秋楽終わるまで(もしくは考えたくないけど中止を決めるまで)続くんだろう。不甲斐ない主宰じゃ。ごめんなさい。
とにかく、やれることをやるしかない。すぐ弱気になるし怖いけど、どうなるにしても頑張らないと。いつか、今の事が笑い話になる日が来るといいなあ。