「やめといたほうがいいよ、面倒だよ」
そんな母の忠告を思い出し、ため息をつく。
子どもの頃も30を軽く越えた今も、
母は偉大なり、か。
ほんと、やめときゃよかった。
全ての原因は、秋風にありました。
数日前、実家では、強風が吹き荒れ、
畑の片隅の栗の木から、あのイガイガを、
残らず吹き飛ばしてしまったのだそうです。
そこで両親は、生い茂った下草を刈り取り、
落ちた栗を拾ってイガを割り、
我が家まで送ってくれたのでした。
なかなか立派な栗を見て、
食いしん坊コバヤシ、ピンときましたね。
「ああ、栗ご飯が喰いたい」
お礼の電話のとき、
栗ご飯にするぜと意気込む僕に、
母が言ったのが、冒頭の一言でした。
「面倒だから普通に茹でて食べるんが良いよ」
そんな親の忠告は、鼻で笑ってうっちゃって、
コバヤシ、早速、栗ご飯の準備を始めたのですが、
うーん、
うーーーん、
確かに、メンドクサイ!!!
栗の皮って、こんなに剥きにくいんですか。
栗の皮向きは、二度の作業なんです。
まずはあの、つるっと光って硬い鬼皮ですが、
こいつは鬼という名ばかりで、余裕。
尻の方に包丁を入れると、くるんと剥がれるんです。
が、問題は、渋皮。
栗の身の中にまで食い込んでいたりして、
そりゃもうなかなか綺麗にに剥けません。
イラッとしたり後悔したりしながら、
包丁でセコセコ渋皮をこそぎ落としていたのですが、
途中で、なんとなくの「法則」を発見。
剥きやすい「皮の流れ」っていうのがあるようなのです。
力づくで、ワシワシ剥くよりも、
流れを見つけて、それに沿って剥いたほうがスムーズ。
ん?当たり前ですか?
ともあれ、そんな「流れ」の発見から、
人間関係、道具の使い方、
モノとの関係の築き方へと思いを馳せていたら、
なんとか栗を剥き終えました。
で、あとは米を洗って栗を入れ、塩と酒を少々。
それだけ。
コバヤシ的には、余計な味付けはいりません。
栗のほのかな香りと甘み。
秋風が吹いてやってきた秋の味覚。バンザイ。
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