毎年、10月14日になると思い出すこと。
一つはロッテ対近鉄の伝説のダブルヘッダーであり、
もう一つは、ぼくが大学時代、
友人と、ある山陽地方の街に野宿旅に出たことだ。
初めての野宿旅ではなかったが、
秋空の晴天の下、カメラ片手に、心が惹かれる光景を
モノクロフィルムに写し撮って帰ったのは、
何物にも勝る20代の思い出だ。
そして、もう数日あとには祖母の命日が廻って来る。
通夜には澄んだ満天の星の下、裏の畑で従兄弟達と昔話をし、
水割りを飲みながら、ぼくはテント泊をした。
10月は、ぼくにとって露天の思い出が満載の月だ。
さて今年、九州に出たついでに、かねてから行きたかった
豊後高田の「昭和の町」に寄って来た。
九州行きの、そもそもの目的がネクタイを締めるような用事だったので、
さすがに、”寝袋ぶらぶら”とは、いかなかったけれども。
鉄道の最寄り駅は宇佐だ。ローマ字で書いて、”USA”。
何か、こじつけたものがあるのかな、と思って、付近を見回したが、
さすがに、そんなベタな発想は遠慮されたのだろう。
オチャラケの欠片もない静かな所だった。
ぼくの好きな跨線橋が残る駅。
駅からはバスに乗って10分ほどで、豊後高田のバスターミナルに着く。
かつて、ここも駅だったのだろうか。当時の面影を残している。
国内、”昭和レトロ”を掲げた収集館は多いが、
建物単体であったり、とにかく勢いで昭和の物を集めました、
という程度にとどまっている企画がほとんどだ。
所詮、その手だろうと思って訪れたが、そのイメージは簡単に覆される。
確かに、ここは商店街という線に、とどまり、
平面としての街とまでは広がらないが、
現役の商店と、展示館などにリフォームされた、かつての建物の全体が、
”昭和”をユニークに演出している。
「昭和の町」のコレクション数も物凄い。
グリコのおまけをここまで集められた所は、
今まで見たことない。
中には、着せ替え遊び用だろうか、手足が可動の、
女の子の平面人形があったりするが(画像中央)、
当時、グリコのおまけの設計チームには、
幼稚園の先生を始め、教育者も入っていたというから
あながち理解できないこともない。
パチンコも打ち放題だ。
この手の手動パチンコ、かつて、ぼくの実家近くの国道沿いに
廃棄台が数千円で売られていて、
既に自宅打ちを中学の頃から始めていたことを
これらの台を見て、急に思い出した。
10代前半から筋金入りのパチンカーのぼくだったのだ。
有料の展示エリアでは、かつての住宅を再現展示。
入場料の600円の値打ちはあるかな?とは思うが、
朝昼晩と照明変化もあったり、土管もあったりと
工夫のあとは見受けられる。
商店街では、いろいろな商売を展開されている。
かつての事業を展示されているところもある。
ここは元銀行だ。
1億円の現ナマを展示されている。
かつて、私的な真っ当な用事で
1千万円の「運び屋」をしたことがあるが、
ダミーと思うと、1億円も、なんだか、ちんまりとして見える。
本来の用途に向けて、ではないだろうが、
土管も「静態保存」されている。
もちろん遊ぶこともできる。
商店街を歩いていると、ちょっと失敗作だろうか、
クッキーを道行く人に試食してもらっている、お爺さんも居た。
みんな、かつての繁栄をなんとか取り戻し、
これからの時代、観光資源としての環境の中、生き残ろうと懸命だ。
ぼくは乗らなかったが、
街中ではボンネットバスも走っていた。
(続く)















