今日の百円古本 | 寝袋ぶらぶら西日本

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なぜ、と問われれば、
”隣国の資金源になるからでしょ”と思っていたが、
そういう結論でもない。


著者によると、国策次第との論調だ。
この国で撤廃が成功した背景としては、
儒教や、徴兵精度を背景とする遵法精神も挙げられていた。


今日、読み終えた、若宮健の

『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』だ。


ぼくも、台を持っているぐらいなので
パチンコは好きだ(った)が、レベルとしては
庶民の娯楽として楽しむ程度だ。


というより、ぼくにとって
パチンコは「球技」(スポーツ)であり、
「信仰」の対象(観想法による)だ。


この辺り、説明が長くなるので、
詳しくは、また機会がある時にするが、一言でいえば、
ボールを扱う意味で、フィールドの広い狭いはあるものの
野球も卓球もパチンコも球技だし、
羽根もの、のパチンコ台は「曼荼羅」だし、
大当たりは overlord からの「祝福」だ。


が、社会生活を放棄し、家族を巻き込んで、社会問題になるまで、
パチンコに、のめり込んではいけないのは、
市民社会のルールの一つだ。


著者は国が対処すべき、と言うが、
第三者からの働きかけも限界があろう。


ギャンブルは所詮、確率論。
勝てない確率(期待値)であることが判れば、
手を出そうと思わない。


なので、ぼくはゲーセン以外でフィーバー台を打たない、
夏も冬もジャンボ宝くじは買わない。
極論、証券会社への手数料がかかれば、
株の売買もイーブンな勝負の場ではない、と思っている。


科学的な教育(算数レベルで良い)を施し、
パチンコ関係者、間接的関連業界や行政が
どういう仕組みで市民を搾取しているか、
そのメカニズムを知れば、自ずと足は遠のくと思うのだが。


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