いつか…ユデタマゴ -3ページ目



羽田に行ったので、2ビルにあるディスカバリーミュージアムへ寄りました

無料ですしー \(^_^)/




【 第19回企画展  徳川ミュージアム所蔵品精選  徳川家康  天下泰平の奇跡 】


100年にも及ぶ乱世を平定させ「泰平」の世を築いた家康…
今年は没後400年だそうです

家康は、自身が創った江戸=今の東京を見てどのような思いでいるのか答えなさい。

…という展覧会じゃありません、勿論

「徳川家康が英知と命運を掛けて挑んだ天下泰平への思いをディスカバリーしてください」とのことでした



殆ど管轄 ( な ん の←ピスタチオで) 外の美術品ばかりでしたが、少数精鋭部隊はなかなか面白かったです

なんたって、展示は12 作品 (前期分)



撮影OKなので、いつくかご紹介
( モチロンスマホ画質ですyo)



《 軍扇 日の丸図 》
徳川家康所用   桃山時代(16世紀)

軍扇は武士が陣中で用いた扇で、儀礼の整った軍陣では必須のものだったそうです
これは、関ヶ原の合戦で家康が使ったものとか…
いかにも御扇子!!という感じですよね  
肉厚で舞扇よりも少し大きい感じかな…
それにしても綺麗に保管されていたものだと感心…




《 黒地葵紋金蒔絵印籠 》
徳川光國所用   江戸時代前期17世紀

この紋所が目に入らぬかー!のヤツだ!
(ベタ過ぎ)
私は何たって杉さまの助さんが好きでした…
「すきま風」のレコードもまだ持ってるしー
(聴けやしませんがナニか)




《 金小札緋縅具足の内(きんこざねひおどしぐそくのうち)  兜 》
亨禄4年(1531)

徳川家康の御譲り品として水戸徳川家代々に伝えられた甲冑の兜

ヘッドの細工が、どこかブリチー


コレね




《 碁盤  銘  舞葡萄  》
徳川家康所用   桃山時代(16世紀)

画像だと良くわかりませんが、碁盤の側面の紋様が、舞う葡萄の房に見立てられたそうです


碁石入れの柄付けが良かった…





《 朝鮮来聘図  第二巻 》
天和2年(1682)

朝鮮王朝は外交使節団を徳川将軍のもとに12回派遣したそうで、多くの行列記録が残っているとか

正使、となっている人物の周りを囲んでいる武士は、御馳走方士って書いてある…
何でしょ?
御接待係でしょうかね…




どちらかというと御年配向きかと思われるこの会場に、若い女性が数組いたんで少々驚きました

展示を観るうちに納得、お目当ては刀のご様子・・

と、くれば、アレしかないですねー
ゲーム刀剣乱舞の刀剣剣士ですよ


《 刀  燭台切光忠 》
伊達政宗所用   鎌倉時代中期(13世紀)

伊達政宗が罪のあった近臣を燭台ごと切ったという名刀…とのことです

ちょっと引け目を感じて写真は無し ~
全然詳しくないけど、トーハクで観る刀とは違うキガス…
い、いやそんなコトは (彼女達には) 関係無い無い (^^;




作品提供の徳川ミュージアムは水戸にあるんですね…
とうらぶファンのお嬢様方の存在が、今年異常な盛り上がりを見せた名古屋の徳川美術館を脳内に召喚してきて、私ずっと勘違いをしてましたわ・・










本日「南郷秋季キャンプ参加選手」が大本営様より発表されまして・・・

中田選手、無事にその名を刻む!
(えっ、そんな大袈裟な?)



昨日の(別口の)発表では、各方面が悲しみに沈んだことでしょう

多少は想定内とはいえ残念に思いつつも、野手がいないことにホッとし、

一方、もしかしてこれから…?という不安も残り…



気分を変えまして



今日大根を戴きました


立派な立派な葉っぱ付、6本あせる






ははっ

実は間引き菜でした

そんだけー






涙の引退セレモニーから、ああっという間に(ほぼ)3週間…

記録樹立したり
果報は寝て待てだったり
そんなに上手くはいかなかったり

色々ありました

で、今年も結局Bクラスで終わってしまったライオンズですが…


一足早く来季を見据えたアレやコレや…
してますよねっ!

ってことを確認すべく (ウソウソ) 出掛けてきました


ひょっとしてドームかな、と思いつつも取り合えず第2へ

ギャラリーは沢山いるのに選手の影はナッシング  
室内からパシッもズバッもカキンも聞こえないのでドームへ向かいました


おおっ、今は外野に入れるんだなー
友人とお喋りしつつ、見学
いや、見学しつつお喋り(笑)



打撃練習は遠くて見られましぇ~ん
で、必然的にPが走ったり苦しんでいるところを観ることに


次は野手陣の苦しみを堪能・・・
あ、スターがお水飲んでましたわ


ま、そんな感じ


イキマシタ、みたいな内容で終了~ハハッ






西口さんで涙したあの日、午前中は若者の街へ出掛けました




【 生誕200年記念 伊豆の長八―幕末・明治の空前絶後の鏝絵師 】

会場はコピス吉祥寺7階の武蔵野市立吉祥寺美術館です


入江長吉の作品を初めて眼にしたのは、昨年春の藝大コレクション展でした
その時の記事によると、ジーッと見ちゃったほど面白かったらしいです (私が)

こんな私も少しはお勉強するのでして・・・

今では、故郷である伊豆の松崎に専用の美術館が建てられていて、他に類を見ない素晴らしい作家さんだと知っております、オホホ


伊豆の長八(入江長八)は、村の左官棟梁に弟子入りしましたが、20歳の時に江戸に出て絵画や彫刻技法を学び、鏝絵などの漆喰細工に応用して素晴らしい作品を残した名工です

左官職人は壁に塗る漆喰に鏝の跡が付かぬよう、平らに仕上げるのが仕事ですが、
鏝絵は鏝で浮彫を施し彩色で仕上げるという芸術です


展示は、塗額・建物装飾・掛軸・塑像
・ランプ掛けというラインナップでした


◆塗額


《 富嶽 》1877年  松崎町蔵(伊豆の長八美術館保管)

74.5 ×137㎝という大きさは、現存する額絵の中で最大だそうでして、これ絶対画像では伝わらない迫力です
そそり立つ富士の鋭い稜線は、漆喰が分厚く切り立っているし、右の岸壁の盛り上がりも力強いし

木枠の内側に見える竹枠は竹を模している擬竹仕上げというらしく、勿論漆喰・・・
しかも、後に防腐のために青く塗られてしまったという、リアルさゆえの皮肉なお話で 目



《 山水 》1884年  東京藝術大学

会場の中では一番地味な作品かと思いますが、着色のない漆喰のベージュのみで山水画を表現している静かな佇まいに惹かれます



《 近江のお兼》1876年  個人蔵 (伊豆の長八美術館保管)

団扇を手にしたお兼が、暴れ馬の手綱を下駄で踏んで抑えながらほととぎすを見上げている…という、アッパレな構図です
着物の絞り模様や帯の柔らかな表現、団扇の繊細な模様などは長八の真骨頂だとか
改めてコレ鏝で仕上げているのよね…と凝視しちゃいますよ



まるで3Dのように、描かれた絵が立体感を持つという、額絵の魅力は実際に目にしないと実感出来ません・・・



◆塑像

《 上総屋万次郎像 》1861年  個人蔵

像高19㎝、メインビジュアルにもなってます
左官仲間がモデルって有ったかな?皺の細かい表現といい、1本歯が欠けているところといい、リアルです~


他の作品もそうですが、木像と見まごうリアルさは実際に目にしないと実感出来ません・・・



◆建築装飾

《 寒梅の塗り掛軸 (旧岩科村役場)  》1875年  松崎町蔵 (伊豆の長八美術館保管)

土壁に掛けられた掛軸は勿論漆喰、更に額装も漆喰で、虫食いの痕までつけてあるという、遊び心満載のトリッキーな作品です
 

他にも貴人の絵(?)や、枕草子に取材したものなど、繊細な風情は実際に目にしないと実感出来ません・・・


~ * ~ * ~  * ~ * ~  

なかなか伊豆の松崎方面は行く機会が有りません
もうダイビングもしてないしね

東京開催は初めてというこの展覧会、とても得難くかつ有り難いものでした


 





負けてはいけない対千葉ロッテのホーム最終戦は【4ー2】で敗戦・・・

花道を作るべき岸投手の怪我により、大事な先発を任された菊池投手はその任を果たせませんでした
同じ課題を克服できていないと思います
それは野手にも言えますよね…固くなっていたのかな?

信じて応援したのにね

一同反省!!(違)

選手会長として挨拶をした牧田投手が気の毒でありました…
失点したので仕方無いけど、針のムシロに思えたのでは…



微妙な雰囲気で終わった最終戦セレモニーに続きまして、西口投手の引退セレモニー

揃いの13番Tシャツで待機中~

♪マイウェイに乗って流れる、かつての戦友からのメッセージ・・・

ここでワタクシは一言述べたい!
なぜ、SBとBsにはVTRを撮りに行ったのに、武さんと長Pは文字メッセージだけなのかと!
( ええ、単なる私怨です )

漸くおさまっていた涙も武さんの写真を見たら、あのファン感の悔しい挨拶を思い出し…相乗効果によりティッシュ追加ね…


西口投手の挨拶は、飄々と時に自虐ぎみに、こちらを号泣させることはなく…(感謝だわー)

急遽の登板で四球出したことを口に出してましたが、らしいなんて思いません…!
あそこで出さされてあの結果にされたのには色々ムカムカしたけど…



絵になる・・・


胴上げ時にはロッテベンチ奥から涌井君が走り出てきて参加してました
↑このアーチの時にもまだ居ましたよ…


この背中も見納め

西口投手がマウンドに置いたグローブを次代のエースが引き取って最後にビクトリーロードを上がっていく・・・

という演出、ちょっとベタだったかも知れないけど、高橋光成投手にとっては忘れられない大切な一事になったと思います





余韻に浸ったり色々お喋りなんかしてからドーム出たけど、まだまだ大勢の人が駅前にいましたねー
乗客が多くて、レオライナー最終に乗り切れなかったですよ…
(仕方なしなしチョー大回りして帰宅 笑い泣き)


はてさて、今季再び西武プリンスドームに戻ってこられるんでしょうか