いつか…ユデタマゴ -12ページ目
 

今日は、大相撲九州場所の結びの一番でガァ~~ッカリして
(勢関、7敗なんですが…ううぅ)


東京ドームのスタメン観てやっぱり、ハァァ…と投げやりになって


藤浪くんがいい感じに打たれてたからあせる心置きなく 台中でのU21決勝を観出したらば…!



先発はイケメン対決ということを知る・・・ウヒヒ

日本は楽天の森投手 (ま、ジャニーズですよ)

チャイニーズタイペイはクオ・チュンリン、= 来季ライオンズに入団 する郭俊麟投手なんです (ルーキーのイケメン枠ね)


・・・で!!



【 第1回IBAF 21Uワールドカップ 】
初代王者ならず…!

残念だわ~~


台湾∥0 3 0 2 0 0 2 2 0∥9
日本∥0 0 0 0 0 0 0 0 0∥0

全勝&ノーエラーで決勝まで来たんですけど、今夜は押し出しや送球エラー、併殺取れずといったミスがきっかけで負けました





ライオンズからは誰一人選ばれていませんのでー、今まで結果だけチェックだったんですが…

郭投手、入団前に観られてラッキー…かな

解説の斉藤明夫さんは、もう少し低めに投げないとー、打ち込まれる可能性が有りますね!と言っていたんだけど・・

凄く良い研究材料になったとも言えるな、他球団の…



それにしても寒くなりました
しかしワタクシ今年はまだ!!!


コタツを出していない!!!


毎年文化の日にはヌクヌクしていたとは思うんだけど、温暖化か?

(ううん、今年新しくしたいと思ってるコタツ布団を買っていないだけ)

今もホットカーペットの上で、おっきいブランケットなどなど (2、3枚放ってある汗) を猫と共に掛けてまふ


あー、寒いのムリムリカタツムリー










東京国立博物館 本館 特別5室で~~

【 東アジアの華 陶磁名品展 】を観てきたぁ~

(ウルルンの下條アトムさん風ナレーションで) 



春にキトラ、夏に白菜と、
今年の5室は行列必至でしたが、今回は大丈夫!

私だって、青磁有るから、寄れたら寄ろう~で、寄ったくらいだし




「2014年日中韓国立博物館合同企画特別展」という固い副題がついております

日本・中国・韓国の各国立博物館から、お宝 (一応) の陶磁器が15点づつ出品されていました


文化財の表記が国それぞれで… (そりゃそーよ)

中国は1級文物、2級文物…
韓国は国宝○号、宝物○号…
日本は国宝、重要文化財…

で、日本と韓国は国宝一点づつ出品してましたけど、中国はほとんど3級文物でした…
じゃなくても素晴らしい貴重品は有るからいっか…



日本も例えば有名な 縄文時代の《火焔型土器》が有りましたし


これは江戸時代17世紀の【織部扇形蓋物】で無冠(?)だし



日本の中で面白いなーと思ったのが、

安土桃山時代16世紀の【黒楽茶碗    銘  ムキ栗】(文化庁所属)

長次郎の初期の頃の作で、千利休の指導でつくられたそうです
形が四方形で、底と糸底との間に半円形の膨らみが有るところが可愛いかも…まあ、変わった形です




日本陶磁は縄文から江戸まで網羅していましたが、中国は9点が唐時代品でした

その中では、この前故宮文物を見た後なので、先輩の唐時代に越窯で造られた秘色 (ひそく) の《青磁碗》くらいで・・・オホホ



韓国は高麗時代がやっぱり9点、美しい青磁が観られました


特にパンフレットにも載っているコチラ



【青磁竹櫛文水注】高麗時代12世紀

見飽きませんでした・・・ふーー


韓国は、10世紀半ば頃から中国の青磁を取り入れて、 「翡色(ひしょく)」と呼ばれる高麗陶磁は 12~13世紀頃最盛期を迎えます

後にコバルトを用いた「青花」磁器、顔料が不足してくると鉄絵の具で下絵付けをした「鉄砂(てっしゃ)」と、その変遷が観られました



11/24までですが、国宝展の後期に行かれたらついでにね (^^)
















秋深し・・・
元気に (キャンプ不参加組の) 皆さんが
バチコーンとね


アチイ…!!
んだよー、秋なのによー
SPF値24だったんだよー



えー、ホンの小一時間だけ、友達の (喜びの) 顔を見に行きました

グランドに出てる選手も、
見に来ているギャラリーも少なかったです

投げてるピッチャーが、南郷メンバーの筈だったり、どうも目が最近悪い・・・





明日14日から恒例のライブ・・
B駐は搬入機材やらテントやらでギッチギチでした





でさー、今までこんなん有りましたっけ?
気付かなかったZE



有ったと言えばコレ


かわええ・・・










すっかり冬の冷え込みに、もうお出掛け期間も終了だな…と寂しくなります
インドアは得意だから良いけどねー

で、今日はやっとこの御方に初日が出たの!ウレピヨ~

今から日米野球始まるけど、スタメン見て、まあお夕飯食べながら観ればいっかな、的な・・


で、本題あせる

【チューリヒ美術館展ー印象派からシュルレアリスムまで】

六本木の国立新美術館で12/15まで開催されています

よく持ってきたなーという、2M × 6Mと巨大なモネの睡蓮画の前で、黒柳徹子さんがテレビCMをしていた展覧会・・

モネか…(あまりな…) う~むと観てました


スイスにはなかなか行けないでしょうし、(多分一生 )、
チューリヒ美術館から74点もまとめて作品がやって来るのは初めてとのことですし、
何よりシャガールが6点も!


・・GOだ、GO!…寒くなる前にね (^^)d



~ * ~ * ~

100年以上の歴史を持つ、スイスが誇る美の殿堂、チューリヒ美術館・・
その所蔵は10万点を数え、豊かなコレクション内容からヨーロッパでも重要な美術館の一つと言われています

ルーベンス、レンブラントなど名だたる巨匠の時代作品をジャンプして、
今回は、これまた世界有数の所蔵数という印象派から、スイスを代表する作家の作品や20世紀美術に至るまでを、過不足なく取り上げるという感じでしょうか


展示は細かく部屋を分けられていて、おもだった作家の部屋と美術様式ごとの部屋が有ります


これが見やすかった…!
馴染みの無い作品が多かったので (寧ろほとんどね)、作風と時代が良くわかって助かりました (ワタシダケカナ)



1・セガンティーニ
2・モネ

と、観てきて・・



3・ポスト印象派

ここで、わおビックリマークと思ったのが展示5点中3点



《サント=マリーの白い小屋》1888年
フィンセント・ファン・ゴッホ

サント=マリーという地中海に面した漁村に訪れたゴッホは、陽光の輝きと眩しさに感動し、短い滞在期間の間に何枚も村の景色を描いています

美しい青い空と青い海、白い小屋とオレンジの大地のコントラストが強烈に、眼に、心に染み渡ります


ゴッホはもう1点ありました…
《タチアオイ》(1886年) は、タチアオイを描く友人の作品に感動して、自分も同じモチーフを描き始めたものです
そして次第に様々な花を描くようになり、あの沢山のひまわりに行き着いたのです




《X氏の肖像 》(ピエール・ロティ1906年
アンリ・ルソー  

フランス海軍士官だったピエール・ロティは、世界中で見聞きしたことを小説にした人です
猫好きだったので一緒に描かれた猫がこちらを見つめる表情、陰影を付けたロティの顔、指輪や手に挟んだ煙草やバックの家並みに至るまで、見どころは多くナゼか惹かれます

アンリ・ルソーは、遠近法などのいわゆる絵画の基本的なことを学ばずに画家になりました
独特で個性的な画風は当初は受け入れられませんでしたが、ピカソなどに多大な影響を与えたと言われています


20年ちかく前に買った子供向けアートブック、アタクシのあせる
この表紙の絵が観たいの…ニューヨークなんですよねー



4・ホドラー

そしてフェルナンド・ホドラー…!
スイスの国民的画家です

只今、西洋美術館でもホドラー展が絶賛開催中です
うちの家族約1名が観てきて、行けば?と勧められ、そう?なんて返事してた私…、うーん翻意するか…な?


写真はポストカードですが…

《真実、第二ヴァージョン》1903年
フェルナンド・ホドラー

この、横3M近い大作の前にすぐに引き寄せられ、暫く動けないこととなりました

見つめ続けるうちに、タンタンタンタンと軽くジャンプしたくなります
そして6人の黒い男達の指が、いつしか蠢く虫に見えて、中央の女の人の青い眼に赦しを請うているのです


この部屋にはホドラーが6点、うち象徴主義かな、という作品は上記と《遠方からの歌》2点でしょうか…

残りのホドラーの風景画も描き方変化がわかり、しかも素敵でした



5・ナビ派


《訪問》1899年
フェリックス・バロットン

これまたポストカードを買ったので…

近年注目のバロットンが4点ありました
版画集を見ましたが (立読みサー) どれもニヤリとする作品だった彼

色付きのは、より一層芝居めいて見えます

装飾的な家具や黒い影になっている両サイドに対比して、スポットライトが当たっているような男女の、特に手が印象に残りました
画面全体に不穏な雰囲気が漂っています…
間違いなくイケナイ関係だな…



6・ムンク

チューリヒ美術館最初の個展はノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンクだったそうです
その個展開催を熱心に押しすすめた初代館長の肖像画含め、4点展示でした



7・表現主義
8・ココシュカ
9・フォーヴズムとキュビズム

マティス、ヴラマンク、ブラック、ピカソ…と揃っていました

パブロ・ピカソの《大きな裸婦》(1964年) は横2M近い作品で、
背景の緑と青のグラデーションの中に、清時代の翠玉のような肌色をした裸婦が横たわっています
足が大きかったなー、けれど色合い的にはとても美しい絵です
(パンフレット記載)



10・クレー
11・抽象主義

「目に見える世界の再現から完全に解放された」画家達・・

アタクシ、抽象絵画とシュルレアリスムって、ピンと来ないんですが…ちょっと観続けてしまった作品が・・


《色彩のファンタジー》1914年
アウグスト・ジャコメッティ

初めにタイトル通りの印象を抱き、右隅の墨色にハッとし、思考がぐるぐると廻りだすのを感じます

彼は彫刻家のアルベルト・ジャコメッティと親戚関係だと説明板に書いてありました
壁画やステンドグラスなどの装飾芸術を経て抽象画に入ったとのことです



もう一つ、今回のパンフレットにも載っている、
ワシリー・カンディンスキーの《黒い色斑》(1921年 )…

この作品がどお、ってことではなく (ほら、ピンと来ないからね汗)、
彼がモネの《陽のあたる積み藁》(1891年) にインスパイアされたという話が興味深いんです
(積み藁もパンフレットに記載)

ロシアで開催された展覧会でモネの絵を観たカンディンスキーは、描かれているものが積み藁だとはわからなかったとか (積み藁シリーズを知らなかったのでしょう)

写実的な絵画しか知らなかったので、何を描いているかわからない絵に衝撃を受け、そして心を捉えられた…

絵画は、描かれたものが解らずとも人を感動させられるということを、モネの絵で気付かされ抽象絵画の原点を見出だした、という話です

うん、難しいっす (放棄)

毛嫌いしないで観ればそのうちわかるのかなぁ




12・シャガール

初期から晩年まで!


《パリの上で》1968年
マルク・シャガール

これもポストカードから…色が今一つですね

セーヌ川や街並みの上を舞う、最初の妻ベラ(多分)とシャガール本人でしょうか
晩年の作品で、シャガールの幸福の象徴とも言える花束が大きく描かれています
淡い黄色のような橙色のような、暖かみのあるトーンが全体を覆い、彼の生涯を優しくくるんでいるように感じます


チューリヒのフラウミュンスター聖堂 (聖母聖堂) にもシャガールのステンドグラスが据えられています
町の中に芸術が有るんですね…
まあ、気にすれば世界のどのような都市もアートが入り込んでいるのかな…

余談ですが、抽象画のアウグスト・ジャコメッティのステンドグラスも同じところに有るらしいです



13・シュルレアリスム

なんか此処、お客さんが密集してました
観れば観るほど不思議でまた観たくなっちゃうからかな~



14・ジャコメッティ

ほっそーーいブロンズの人物像が有名なスイス生まれの彫刻家です

メチャ細いのに何故か安定している…

彫刻から様々な想像を膨らませるのはなかなか難しいNE!以上!



~* ~ * ~

長々と述べて参りましたが、ワタクシでも2時間ちょっとで見終わったので、
スッキリとした展覧会なのではないでしょーか

スイスに関係の深い画家達の作品をまとめて観られたのは良かったと思います

そうでない作品は、名画の判定と好みは違うから・・ということであせる





お見送り頂いた方は大好きよー










充実の国宝展、後半の感想を書き留めておきたいと思います
(1週間経ったね、うん・・)




◆第三章 文学、記録にみる信仰


この章の目玉は福岡県志賀島で出土した《金印(漢委奴国王印)》 ですが、展示は11/18~30 と僅かな期間です
混むんだろーな…


文学でいえば何といっても…

《日本書紀》(平安時代11~12世紀  京都国立博物館)

元々は奈良時代に編纂された日本最初の国史ですが、現在原本は消失しています
美しい字に惹かれて解らないなりにも文字を追っていくと、聖徳太子やら小野妹子やら見知った文字が出てきて、それなりに楽しめます ^^)



《東寺百合文書》京都府立総合資料館

天皇・将軍から無名の庶民に至るまでの膨大な書です
江戸時代、加賀藩藩主前田綱紀が寄進した保存用桐箱が100合だったために、百合文書(ひゃくごうもんしょ)と言われているそうです

中でも、「上久世庄百姓等連署起請文」という室町時代の文書が目を引きました  
土一揆に加わらないという誓約書なんですが、農民の名前の羅列の下に稚拙な印代わりの文字、もしくは大半がただの丸を印としています…
何て言うか…時代がグッと身近に感じました




◆第四章 多様化する信仰と美

鎌倉時代は多くの高僧が独自の宗教を確立した時代です
中国との交流で もたらされた宗・元の仏画が日本仏画に影響を与えて、特に水墨画は寺院絵画の重要な位置を占めるようになっていきました


堅牢な情緒を醸す雪舟の《秋冬山水画 (室町時代・東博)》や、

宗祖への尊敬と各宗派の正統性を示すために描かれた高僧伝絵巻、
《一遍上人伝絵巻 (鎌倉時代・東博) 》、
《法然上人伝絵巻 (鎌倉時代・知恩院) 》などや、

また、豊臣秀吉が愛児、鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲寺の障壁画として描かれた、
長谷川等伯の《 松に秋草図  (安土桃山時代・智積院) 》など、



この章は、楽しかったり溜め息したりのものが並んでいましたが、私が一番心に残ったものは・・

《無準師範像》(中国・南宗時代1238年  東福寺)

円爾という僧が入宗7年、この絵を持ち帰り、京都の東福寺を開きました
師事した無準の画ですが、そこに記されている文字の、
「大宗国と日本国、天にハテ(漢字は土へんに艮)なく地に極(キワマリ)なし」というものが妙に刺さって…グサグサ



この章では、キリスト教と琉球の信仰についても触れられています


《 慶長遣欧使節関係資料 》 17世紀 仙台市博物館

支倉常長を描いた油彩と十字架の展示がありました
常長は伊達政宗の命により通商交渉のため遥か欧州へと旅立ち、フェリペ3世との謁見まで果たしましたが、
成果をあげる前に、日本がキリスト教弾圧へと変わってしまったために帰国後は不遇のまま早々に亡くなりました

この絵は日本人を初めて油彩で描いたものだそうです
持ち帰っても隠し持っていなければならず、折り目跡がくっきりと付いています

コチラは、以前観た東博本館での支倉常長特別展示の記事でございますあせる



禅と茶の湯…としてのエリアに、お宝がありましたよ (みんなそうだヨ)



《 大井戸茶碗 銘 喜左衛門 》
朝鮮時代16世紀 京都・大徳寺孤篷庵

井戸茶碗は朝鮮で生活雑器だったものですが、日本に渡るとその姿に侘寂を見出だした茶人達に珍重されました
井戸茶碗の中でも大振りのものを大井戸茶碗といいます

これは井戸茶碗として唯一の国宝指定で、所持していた松平不昧公没後に大徳寺へ寄進されました
荒々しい高台の造形が野趣に溢れ、深い見込みと共に武将茶人に好まれそうだと感じます



《 志野茶碗 銘 卯花墻(うのはながき) 美濃》
安土桃山時代16~17世紀 三井記念美術館

国宝指定されている八つの茶碗のうち、和物は二つしかありません
そのうちの一つであるこの志野茶碗は、日本独自の茶器を作ろうと模索していた時期に生まれた、初めての本格的な白い茶碗だそうです

銘の墻というのは、胴の模様が垣根に見えることから来ています
地の鉄分が強く出た縁や、線が見え隠れするように掛けられた白い釉薬が景色を複雑で深いものにしていると思います




◆第五章 仏のすがた


ここの展示は仏さま祭りで ラブラブ
(不謹慎)



《 広目天立像(四天王のうち、金堂所在) 》
飛鳥時代7世紀 奈良・法隆寺

まずは今回最古の仏像で、麒麟の田村さん似の (あ、逆か) 御方・・
いや、本当に横顔似てますって

素朴というのとは違う、飛鳥仏の魅力が有ります
当時の技術の極みだったんですよね、素晴らしい・・



《 観音菩薩坐像・勢至菩薩坐像(阿弥陀如来および両脇侍のうち) 》
平安時代 久安4年(1148) 京都・三千院

二軀の、人より大きな菩薩が阿弥陀さまに従い、臨終の人を迎える時の姿をとっています
正座をしていますが横から見ると少し腰を浮かせているので、少し前屈みになっているのです
そのため、私たちは見上げる形でそのまま身を任せるという気持ちを抱きます…




《 善財童子立像(文殊菩薩および眷属のうち) 》 快慶作 
鎌倉時代 建仁3年(1203)~承久2年(1220) 奈良・安倍文殊院

今回のチラシにも載っている変わった形態のコチラは、昨年国宝指定されたという、国宝ニューフェイス クラッカー

本尊はお獅子に載った騎獅文殊菩薩で、隣に展示してある《仏陀波利立像 》とあと2像の眷属合わせて五像全てが国宝です

そのご本尊パネルが2像の後ろに置いてありましたが、これがとてもイケメンさんで…


「渡海文殊」というそうです
善財童子は、文殊菩薩が無事に渡ってきているかを振り返りしつつ歩いているので、このようなユニークとも思えるお像の姿になっています

一番小さな善財童子でも人より大きいものですが、そういった群像をこのように仕上げた快慶の力量を讃える説明がありました

安倍文殊院で、すべてに対面することが出来たら・・
写真で想像するに、まるで舞台を観ているような気持ちになるのではないかと・・





《 元興寺極楽坊五重小塔 》( 奈良時代8世紀 奈良・元興寺 )

今回の会で唯一の建造指定の国宝が、この五重の小塔です
高さ5メートルを超えるものが、会場内にドーンと鎮座していますよ~見応えたっぷり

実際の10分の1の大きさだそうですが、その本物の五重塔は江戸時代に焼失しています


元興寺は日本最古の仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)を718年に移したもので 、南都仏教における主要寺院のひとつでした

小塔が造られた目的は何か…については、焼失した塔のモデル・仏舎利を納めるため、など諸説有ったそうです

現在有力なのは、心柱があり総解体も可能で、内部まで忠実に作られているといったことから、
当時各地に建てられていた塔の建築モデル(ひな型) だったでのではないかという説だそうです



~ * ~ * ~

アレもコレも国宝って思って観るから、何か疲労が・・

素晴らしいばかりではなく、貴重なものでもあるわけですから、余計に気分が上ずっておりました汗



どうそお出掛けは平常心で・・・