開館50周年記念特別展
【 大名茶人 松平不昧の数寄 ―雲州蔵帳の名茶器―】
こちらも最終日滑り込み…(何日前の話だよ…)
トコトコと住宅街を歩いてお屋敷様な畠山記念館に到着です
ギリギリ紅い葉が残ってました ^-^ v
松平不眛(まつだいらふまい) は、第七代目の出雲国松江藩藩主だった人です
大名茶人と言われるほど茶道を極め、特にその蒐集品は後世に伝わる御宝です
・・・といったこと位は知ってましたが、今回の副題にある「雲州蔵帳」というものは不勉強でございましたー
「雲州蔵帳」とは、集めた茶器を不眛公自身が品格品位により七つに格付け分類をし、図入りで詳細を記載したいわば目録といったものだそうです
不眛公は単なる茶器好きの蒐集家ではなく、研究者のような側面が有ったんですね
多数の名物茶器を所有していた不眛の「雲州蔵帳」の品々は、今日でも高い評価を受けています
畠山記念館は「雲州蔵帳」に記載の茶道具を大変多く所蔵していて、それらを10年ぶりに一挙公開!という展覧会でした
色々と眼福ものが有りましたが、目玉はコチラです↓↓!
《唐物肩衝茶入 銘 油屋 》重要文化財 南宋時代13世紀
大ぶりですが典型的な肩衝茶入の形をした、柿金気色の釉薬と黒飴釉の景色が賑やかなお濃茶入れです
堺の豪商・油屋が所有していたもので、その後豊臣秀吉や徳川家光などを経て、まだ33歳だった松平不眛が1500両で手に入れます
松江藩の財政が好調になったために名品集めに拍車が掛かったそうですから、この金額は結構な額だったということでしょう
不眛公は参勤交代時にも一緒に運ばせるほど、この濃茶入を大変大事にしていて、しかも一度も使わなかった(!)という・・・
運搬の際の「次第」(付属品のことです) が全て展示されていましたが、これがまた…

お茶入れを、御物袋→挽家(木製などのケースですね) →挽家袋→内箱→内箱袋→外箱と、
まるでマトリョーシカかのように分厚く覆って、他の付属品と共に笈櫃(おいびつ) に入れて背負って江戸へ 行ったのです
着せ替えのお洋服 (=お仕覆) だって六枚も持ってますしー
お帽子 (=牙蓋)だって三つも持ってますしー
愛蔵品だった証ですね
購入したハンドブックにも説明が載っていました
お茶入もう一つ・・・
《古瀬戸肩衝茶入 銘 円乗坊 》室町時代15世紀
本能寺の変の際に罹災し、千利休の女婿だった円乗坊宗円という本能寺の僧が焼け跡から拾い上げて、以後肌身離さず携帯していたという由来が有ります
少し傷があるとか…(わからなかった)
作は、丸みを帯びた肩からほんの少しの膨らみのみで胴が終わり、その全体に横段の筋が付いています
釉薬も垂れるだけでなく全体にむらがあるように散っていて、あまり目にしたことの無い仕上がりでしたが、なかなか渋くて見飽きません
このお茶入れも、お仕覆三枚と挽家が二つ、更に、長緒つきのふすべ革(藁で燻した革のこと) で出来た挽家袋が有りました
《井戸茶碗 銘 細川 》重要文化財 朝鮮時代16世紀
天下三井戸と言われるものの一つで、あと二つは先日国宝展でも観られた「喜左衛門」と、未見の「加賀」です
因みに不眛公は三つ全てを所有していたことがあります
このお茶碗は、細川三斎から仙台伊達家、江戸の豪商冬木喜平次と伝わって不眛の元へ渡りました
国宝の「喜左衛門」よりこちらの「細川」の方が明るくて品が有る印象を受けました
ふっくらとした椀の風情も良いですし、高台から腰近くにまで現れた梅花皮(かいらぎ) という白い粒々もキメが揃っていて面白いです
落語「くず屋清兵衛」(井戸の茶碗) で、落ちぶれた武士の卜斎から細川の殿様が買い上げた茶碗としても登場しています
松平不眛の手による画、書、蓋置なども有りました
また、道具についての文章の中で
「天下の名物にして一人一家一国の宝物にあらずと知るべし」というところか心に残っています































