「雲中供養菩薩像 南20」天喜元年(本展非出品)
写真は本物の菩薩様ですが、展示の模刻像に実際に触れられるように設えてありました
手を合わせ、ケースに開けてある空間から恐る恐る手を差しのべます
両手で太股を、足先を、ゆっくり撫でさせて頂くと、胸元がジワーっと何かで満たされていく気がしてきました
「結縁」…
普段信仰心を意識することはほとんど無いんですが、こんな私でも結ばれて良いのかななんて考えちゃったりして

仏像好きでも、展覧会での拝観はどうしたってアートを観るような一面が有りますが、これは眼だけでなく体感を伴える面で良かったです
(ポストカードより)
いよいよ本物の 「雲中供養菩薩像」の皆さまです
鳳凰堂の52躯の菩薩様は、全てが雲に乗り、楽器を演奏したり舞を踊ったりしつつ、阿弥陀様を賛嘆しています
そのうち14躯が今回こちらに来、有り難いことに目の高さに展示されていました
二つほど独立したガラスケース展示もあり、横から後ろからと細かく観られるようになっていました
一体一体、姿も仕草も持物も、モチロン表情も異なる個性を持った菩薩様達…
照明を落とした会場で、ライティングにより、まるで浮かびあがるような風情でこちらを見つめられています
両腕で「みんなの輪っ!(古)」ってやって、その中に入りきらない大きさの52躯が阿弥陀様を囲むように小壁に懸架されているなんて…
「本尊を讃嘆する飛天の図像でありながら、菩薩の姿で有ることと長く伸ばした雲の表現からは、
浄土から現世に「来迎」するイメージをともなう」(説明文より)
平安の世はけして安寧では無く、人々は臨終時に極楽浄土からのお迎えを心から待っていたのでしょう
来迎思想が広がり来迎図も盛んに描かれていますし…
他の鳳凰堂の彫刻と同じく、定朝の、そして彼の弟子達の手によるものだそうですが、
頭部を丸く下に行くほど浮き彫りのように彫られています
堂内の壁に掲げて、下から仰ぎ見られることが前提の造形です
前記事に書きましたように、来春の落慶の際には色鮮やかな模刻像にその場所を譲ることとなりますので、
この国宝達を実際に眼にすることは多分2度と無いと思います
うっかり戯れ言も長くなってしまいましたが、
朝イチからの鑑賞もここまでで午後1時過ぎ…
ハラヘリハラヘラ~♪とハミングしつつ、
午後の鑑賞へと向かうのでした

