夜の中華街を歩く。
中華街と言っても、長崎のそれは規模が小さく、歩きでも数分で通り過ぎてしまうほど。
昼間はそれなりに賑わっているんであろう、メインストリートを行く。
それにしても暑い。
この時間になっても空気は生温く、纏わりついてくる。
さっきまで冷房の効いた建物の中にいたからなおさらかもしれない。
まだ開いているのか閉店間際なのかわからない何軒かから、薄明かりが煙りのように漏れていた。
あとはいくつか街灯だけがその足元だけを照らす。
まだ灯の点いている店の引き戸が開いた。
「いらっしゃいませ、角煮はいかがですか…。」
女の声が温い闇に溶ける。
声の調子に違和感を覚えた。
見ると、店の入口に若い女が立っている。
明かりが店内しか点いていないため、背後から照らされた彼女は、ほっそりとして少し背が高いようだ。
後ろに一つに纏められた髪、細い肩。
ショートパンツからスラリと伸びた脚。
日本人かそれとも華僑?
温い空気とボンヤリとした灯に包まれた彼女は、不似合いに妖艶過ぎた。
「角煮…。」と言っているのに、何か異国の言葉のように聞こえる。
声に誘われ、視線を上げる。
目が会った。
吸い込まれそうだ。
そのまま彼女に吸い寄せられ、温い空気とボンヤリした灯に溶けてしまいそうだ。
"いけない。"
フワリと消える自分を想像する。
その感覚と不安が身体を駆け巡った。
軽い目眩を覚える。
"いけない。"
地面を蹴る脚に力が入る。
早く、もっと早く。
後ろ髪を引かれるが、思い切って通り過ぎる。
十字路を曲がると、バスのターミナルが見えた。
あぁ良かった、現世だ。
なんだか、ほっとした。