先日、健太父さんが、瀬川さんと同じことを言っていてびっくりした、と書きました。
曰く、“私が勝ちに拘るあまり息子の将棋が負けてはいけないと受け将棋になっていたのです”
瀬川晶司四段。
チャイルドブランド世代で早くから才能を期待され、三段まで昇段しながら年齢制限で奨励会大会を余儀なくされましたが、その後、30歳を過ぎてからアマ強豪としてプロ棋士を次々に破り、ついには当時A級だった久保利明八段をも破って銀河戦ベスト8に残った実績が評価されて、異例のプロ編入試験が実現、これに見事合格してプロ棋士になった方です。
なーんて、私みたいな素人が語るのも恥ずかしいです。
事実、編入試験が話題になった記憶がうっすらとあるくらいで、瀬川さんのお名前をきちんと知ったのは、子供たちが将棋を始めてからのことですから。
当時のことを書いた本は複数出版されていますが、まずはご本人が書かれた本、
- 泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ/瀬川 晶司
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それから、ノンフィクションとして、当時の関係者への綿密な取材に基づいて書かれた本、
- 瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか/古田 靖
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この2冊を読みました。
泣き虫しょったんの奇跡は、瀬川さん自身が、生まれてからプロになるまでの半生を綴った自伝ですが、これは将棋の本でありながら、将棋の本というよりは、教育の本だと思います。
将棋を知ってるとか知らないとかに関係なく、広く万人にオススメできる本です。
というのは、瀬川さんが小学校5年生のときに担任を受け持ってくださった恩師が、瀬川さん自身の人生を変えてくれた、という事実が、物語の最初から終わりまで、(おそらく今でも)瀬川さんを支えているからです。
苅間沢(かりまざわ)先生というこの先生は、「ほめて伸ばす」ということを徹底的に実践された方だったようで、瀬川さんも、詩をほめられ、作文をほめられ、将棋を認められて、あげく「君は今の君のままでいい」と自分を手放しに肯定してもらうことで、いっきに才能を開花させます。
そして、大きなプレシャーのかかるプロ編入試験のさなかに、瀬川さんは再び苅間沢先生に力をもらうことになるのです(これ以上はネタバレだから控えますw)
この本の中には、初めて出場した中学生名人戦で、深浦さん、丸山さん、屋敷さんなど名だたる強豪といっしょだったエピソードや、奨励会に入った頃には実の母親が「名人」がどういうものなのかを知らず、「あんたもまさか名人になろうと思ってるの?」と聞かれてあきれる話、あるいは初恋らしき(?)切ない思い出など、思わず微笑んでしまう話もたくさん紹介されています。
冒頭の健太父さんと同じことを言っている、というのは、奨励会の三段リーグの将棋について書かれたくだりです。
(引用)
僕は三段リーグがそれまでの戦いとはまったく違うことを思い知らされた。勝負への執念が、けた違いなのだ。その戦い方を一言でいえば、「友だちを失う指し方」だった。
プロの世界ではたまに使われる言葉なのだが、たとえば優勢のときは冒険して勝ちにいくことはせず、気の遠くなるような回り道をして、より確実なチャンスを待つ。
そして勝勢になってからも相手を斬りにはいかず、受けに回って戦意を喪失させる。
そうした、相手に夢や希望のかけらも抱かせない指し方をそういうのである。
(引用おわり)
奨励会を退会してアマチュアとして指すようになった瀬川さんが、「楽しく指す」ことが決して勝つための将棋を相反するものではないことに気づいたと書かれています。
いつだったか、ひろパパさんの記事の中にも、四段に昇段された方のコメントとして、
「奨励会の将棋はとにかく勝つための将棋。プロになって、自分の指したい将棋が自由に指せることがこんなにも楽しいことだと知ることができて、プロになって本当によかったと思っている」
という話が紹介されていました。
(該当の記事を確認できなかったので記憶に基づくあいまいな記述をご容赦ください)
これもまた同様の事実を指摘されたコメントなのでしょう。
そして瀬川さんは、アマチュアの強豪の方たちと親交を深めていくうち、アマの方たちが「とてつもなく将棋が好きだった」こと、彼らの多くが「将棋の未来を心から憂えていること」に驚きます。
(引用)
彼らはほかに仕事をもちながら、なんの見返りも求めず将棋に打ち込み、これだけの実力を身につけたのだ。それをどうしてプロが、奨励会員が笑えるだろうか。
将棋を一生かけて究めていくことは、なにもプロだけの特権ではないのだ。
(中略)
自分が大好きな将棋の魅力を、もっと世の中の人に理解してほしい。
(中略)奨励会にいた頃、僕はそんなことを一瞬も考えたことがなかった。
多くのプロがそうであるように、僕は将棋を覚えて以来、自分が勝つことしか考えてこなかった。
(引用終わり)
そんな経験を通じて、アマとプロの橋渡しをしたい、閉鎖的といわれる将棋の世界に少しでも変わってほしいと思ったのが、瀬川さんがプロ編入試験を嘆願した強い動機のひとつになっていたんですね。
私はプロやアマ強豪の将棋の世界のことはまったくわかりませんが、素人から見ても感動が詰まった本です。
まだ読まれてない方は、将棋を知っているいない、に関わらず、是非読んでみてください。
さて、くだんの健太くんも、負けないための受け将棋からいったん離れることで、見事支部代表の座を獲得されました。
未来の将棋界を盛り上げていってくれる子供たちのためにも、今後、瀬川さんや、瀬川さんを応援された関係者の方々が目指されたような、より親しみやすくてオープンな将棋の世界ができあがっていくといいですね。
ところで瀬川さんのプロ編入試験が認められた背景には、現在の将棋会が抱える多くの問題点が確実に存在します。
そこらへんは、2冊目のノンフィクションに詳しいので、また日をあらためて書いてみます。