今日は趣味の話。
最近、クラシックの聴き方が変わりつつあります。
作曲者の意図通りに楽譜を読み取り再現する=最高の音楽になるとは限らないのではないかと。
もちろん定義として再現芸術であることは理解していますがそれとはまた別のお話です。
これまでは、使う楽譜が原典版(オリジナルに限りなく近いもの)であればそれは1つの演奏に辿り着くものだと思っていました。
なので、小学生の時に初めてグレン・グールドを聴いたときの衝撃はすごかったです。 当時師事していた先生がにやにやしながら聴いてみてと僕にカセットを渡したのを覚えています(笑)
モーツァルトのピアノソナタ、K332。
僕は第一楽章しか弾いてませんでしたが、まぁびっくり。
なんか鼻歌混ざってるし(笑)
それ以来色んな人の演奏を聴き比べて気に入ったものを聴いたりしてました。
で、ふと思ったのが、自己流で好き勝手やってもそれは個性なのか。個性溢れる演奏者(プロアマ問わず)が増える中、天才と凡才を分けるものは何なのか、ということ。
今のところ、曲をどれだけ理解しようとしているかが1つの要素ではないかと僕は考えています。
もちろん作品の解釈は楽譜出版社や専門家によって分かれることも多々ありますが、真摯に向き合い続けて音を作り上げる過程は共通しているはずです。
楽譜の読み込みは基本です。
しかし、もちろんそこには必要最低限のことしか書いてありません。
それでもかなりの情報力であることがほとんどですが。笑
そこから先が創意工夫です。
感情をのせるのも、指の運びやペダルをアレンジするのも演奏者その人なのです。
それにしたってグールドはチャレンジャーすぎるんですよね…笑
全肯定はできませんが、時々すごく聴きたくなるあたり、僕もファンなんだなと思い知ります。
単純に音楽を楽しめればそれもアリなんじゃないかと。
トレーニング指導にも創意工夫ができるレベルになれるよう、今は基礎基本の積み上げに徹しなければなりませんね。
科学的基礎の上に何か独自のアレンジが加えられたら面白い。
最後はとって付けたように勉強の話…笑
では。