伊勢神宮に行ったのは
もうだいぶ前のこと。
わたしの中で
また
大切なことと
当たり前のことが手をつないだ。
電話で撮った写真なら少しあるので
また
言ってくれたら喜んで見せます。
今週のはじめ
おじいちゃんの身体か無くなった。
私は初孫だったから
びっくりするくらい可愛がってもらった。
一緒に住んでいたし
よく考えたら怒られた記憶がない。
わたしはおじいちゃんが大好きだ。
ここ最近
また大好きな人たちとお別れすることが多い。
その度想う。
淋しさと
大なり小なりの後悔と
自分の小ささと
距離や時間を超えて自由になる感じ。
いつもわたしの近くにいてくれる。
悪いことは出来ない。
この2年ほど私の中も外も激動だ。
見栄えの良い文字に隠した
色んな別れや
無くしたものがたくさん。
あまりにすっきり落としたもんだから
身軽になった分
自分を縛っているものがはっきりと見えた。
そんな時期。
さて
どうしようか?
何をはじめようか?
なんて言っている間に世界は
12から13になる。
やがて3度目の3月もやってくる。
色んなことに
理由をつけることも
言い訳を考えることも
もういい。
そんなもんは
関係の薄い誰かが
より面白可笑しくつけてくれる。
研ぎ澄ます。
やりたいことをやる。
また最期に
大切な人が
大切な事をおしえてくれた。
いつからか
わたしは
お別れの夜に手紙を書くようになった。
誰に何を言われることもない
本当にわたしが伝えたいことを手紙に書く。
ほとんどはありがとう。
そしてごめんね。
言えなかったこと
言わなかったこと
そして最後にまたありがとう。
それを一緒に焼いてもらう。
読んどいてねって言って入れる。
わたしの儀式。
すべては突然で
すべては必然
生きるも死ぬも日常で
私が死ぬことも現実
そんな中でみんなやってるんだ。
目を閉じて
大きく深呼吸
わたしは愛されている。
そんな勲章が無くても
私には大好きで自慢のおじいちゃんやったよ。
だけど
気に入っとったみたいやし
貼り付けとくよ。
生きているみなさんとは
24日
パルチザンで逢いましょう。
わたしの日常に逢いに来てください。
あなたの日常と少しの時間
手をつなごう。

