やっと『ガールズ&パンツァー』の最終回を観ました。
去年の秋クールのアニメだったのに……
最後の2話を春に放送するなんてことをするから見逃してしまうのです。
まあでも良かったです。
王道に勝るストーリーはないと思っています。
大団円、ハッピーエンドが一番。

しかし『戦車道』って無茶にもほどがあります。
あんなに戦車から身を乗り出していたらすぐに上半身がさよならしてしまうような気がするのですが、それを言うのはオタクとしては間違っている、という気もします。
二次元の良さってことにしときます。。
戦車がどんなにずたぼろになっても中の人は怪我しません。
バトル漫画のキャラの下半身の衣服がやぶけないのといっしょ。
物が突然消えたのに大規模な核反応が起きないのといっしょです。

地球防衛軍だったら、
「上空にエネルギーが集まっています。」
「全エネルギー、質量に変換されます。」
ってなってますよ。
いえ、これは逆の現象ですね。
フォーリナー恐るべし。
でも、EDFは敵に背中を見せたりしないのです。
3は程良い難易度でしたが、4は無理ゲーな気がしてなりません。

進撃の巨人が今始まったのですが、巨人の質量が見た目よりはるかに軽いのは人間の質量を保っているせいでしょうか。
でないとでかくなった分のエネルギーがどこからくるのか、ということになります。
それはそうと、エレンはいつ活躍するのでしょうか。
主人公なのに。アニは大活躍なのに。

アニメって無茶ばかりします。
ホルモン剤を服用している人間の性欲ってどんなだと思いますか?

そう、爆発しそうです。

すみません。
みながそうではありません。当たり前です。
私がそうなだけです。

なんだか変な話になりますが、ホルモン剤を服用しようかどうかって悩んでいる方はけっこう知りたい情報なはず。
少なくとも私はそうでした。

一般的にはホルモン剤の作用によって性欲は薄くなると言われています。
私はそれに結構期待していました。
でも今はそれにかなりの個人差があるんじゃかいかと思っています。

確かに薄くはなりましたが、まったくなくなるわけではありません。
身体的に溜まってゆくわけではなくなるので、余計にたちが悪くなるようにも思います。
なんか、こう、精神的に溜まります。
それを発散するとなれば、それはそれは大変なことなのです。
なのでぐっとこらえます。
するといつの間にかどっかへいきます。
身体的に発散してもあまり効果がありませんので、そこはじっと我慢の子。
まあ本当にどうしようもないときは……ま、私も人の子です。仕方のないことなのです。
パートナーのいらっしゃる方がうらやましいです。
まあこういうことはお互いの事情というのもあるでしょうから、それはそうならないとわかりませんが。

要するに性欲の種類が変わる、みたいなところでしょうか。
さみしくなるんです。
これは独りではどうしようもないこと。
相手ありきの性欲ですね。

女の人はどうなのでしょう。
知りたいところですが、そんなことを突っ込んで聞ける相手がいませんし、聞いたところで多分よくわからないと思います。

そこで裏ワザです。
いつかのテレビショッピング風にふざけた時のリベンジですね。
秘策ってヤツですよ。

ただ、これはMtFとしては結構複雑な気持ちです。
なぜなら男性特有の器官である前立腺を利用するからです。
なんか生々しくなってきました。

こう、まあ、まったく別物の感覚です。
女性の感じるそれに近いのだと聞いて興味を抱きましたが、そうなのかはよくわかりません。
感じるものはものすごいのですが、そのあとはただただむなしいですね。
自分何やってんだ、って感じです。
男であることを利用しているようでイヤな感じでもあります。
『トイレに行きたいがために男子トイレに入るのは、自分を男だと認めているようでイヤだ。』
それと同じです。
おすすめしません。
最近は我慢我慢です。

うん、もう十分です。
そんなアダルトな情報はそれぞれが自分の力で調べる物。
私が恥をさらす必要もない気がします。
小心者だと笑ってやってください。

まあたまにはアダルトなことも書きたくなります。
ブログってのは不特定多数の人に見られることを前提としたもの。
誰かに自分の書いたものを見せるというのは、それだけで自身の恥をさらすようなものです。
そしてこれくらいが私の羞恥心の限界ってことです。

ただ、

最初に「爆発しそう」とか書いたのでもういまさらな感が否めません。
なんだか眠れないのでよくわからない話でも。

私の最終学歴は高卒です。
中学生まで、成績は下の下。
不登校でしたので当たり前といえば当たり前です。
高校も私立で、偏差値で言えばかなりした~な方の学校に通っていました。
でもなぜかよく分からないやる気を見せた私は、とある国立大学に受かりました。
ですがそれも二年で中退。
もったいない気もしていますが、あのまま大学に残っていたところで卒業できたとは思えません。

二十歳の夏までは中学生の頃が一番最悪だったと思っていました。
二次性徴がありましたので、声は低くなる、なんかひげも生える。
自分の人生はこの先真っ暗なんだなぁ、なんて思って。
でも違いました。

人間、生きていこうと考えれば考えるほどに、それが如何ともしがたくなると死ぬことに興味を抱き始めます。
死にたいわけではありません。
死というものにだんだんと惹かれていくんですよ。
今でも不思議な感覚だと思います。

刹那的な生き方は良くない。

そうかもしれません。
でも、刹那的な楽しみを繰り返しながら人間は生きてゆくのだと私は思っています。
『刹那的』、その言葉の解釈の違いでもあると思います。

人生の9割はつらいこと、あとの1割が楽しいこと。
そういうことを聞きます。

生きる目的という物を持つ人間は、どれほど存在するのでしょうか。
動物の本能的な部分での生きる目的、つまるところ種の保存ってヤツです。
人間も動物である以上、根源はそこにあるのでしょうが、今の世の中そんな簡単なものでない気もします。
人間の心ってのは複雑なものですから。
ただ物を食べて、寝て、他と争い、子孫を残す。
そんなものではないはずです。

目的を持って生きる必要なんてないんだと思っています。
人生を必死で生きる人、人生を楽しんでいる人、そんな人たちは『目的』だなんて考えている余裕はない。
そう思っています。

私は無駄に悩むから『目的』とか『意味』なんてものを人生に無理やり関連づけようとします。
それは私が一つの個体としてはもはや生きている意味がないから。
たとえば私がどこかの鮭であれば、子孫を残せない以上生きる目的がありません。
人間でも子どもを作らないという選択をする個体は少なからず存在します。
ですが、その個体はそれを『選択』したのです。
始めからその選択肢を与えられていない私とは少し違います。

いえ、私にも与えられていたんですよね、その選択肢は。
ただ私は自分の感情に負けてそれを放棄した。
ホルモン剤なんか飲まずに自分を押し殺して誰かと子をなすこともできたんですよ。
その可能性を消したのは私自身です。
それが罪悪感を生みます。

『始めから与えられていない』

そんな言い訳をしているような気がしてなりません。
本当は与えられていたのに、自分が悲劇に見舞われたかのように振る舞い、それを感情に任せて捨てた。
そんなことを考えてしまいます。
それを選択肢として選ばなかった人間の方がよほど正直です。
なんか卑怯者みたいで自分がイヤです。

でも、そこは私もやはり脳を進化させてきた人類のはしくれ。
感情的になり、自分ははなからそんなものを持っていないのだ、と思ってしまいます。
他人を羨んだり、嫉妬したりもします。
また、それがイヤでたまらなくなることもあります。
悪循環です。

では私は何をなすべきなのかと考えたりもしますが、そんなもの他人からすれば興味のない話です。
だから私は自分勝手に生きることのできる人間になりたい、よくそう思います。
別に他人に迷惑をかけようというつもりはありません。
社会の秩序やモラル、ルールやマナー、それらを守るのは大前提です。
ただ、他人を巻き込み人間という動物としての生き方ができない以上、私は『自分』というものをしっかりと持たなければ生きていけません。
人間という動物の歯車に組み込まれることがなくなった私は、そこ以外の場所を見つけようと思います。
難しいことではないはずです。
ないはずなのに、私はそれができていません。
そもそもそれがどこにあるのか具体的にイメージできないでいます。

私はこの社会に生きる以上、そのルールに則り生きていくのでしょう。
だとすればそこ以外の場所なんてないのだ、という気もします。
イメージできないのもうなずけます。

こうやっていつもなんだか底の方に落ちて、落ち込むんですね。
同じパターンを何度繰り返せば学ぶのか。

抜け出す方法やタイミングがあるはずなのにそれをつかめない。
そしてまた落ちる。

あとは上がるだけなはずなのに、底は見ようとすればそこは暗く何も見えません。
何か刹那的な楽しみを見つけるとそれが光って見えます。
それを足掛かりにどうにか登ってはまた落ちての繰り返し。

何を見て、何を目指し、何をなして生きるのか。

我ながら青いことを言うものです。

文章として形にできているうちはだいじょうぶ。
それは衝動ではなく、感情なのだから。