映画の魅力は何といっても『画』です。
現在のデジタル時代ではなく、フィルム撮影の時代、
撮影監督たちはより良い『画』を撮るために照明、ホワイトバランス、露出等様々なことを考えて、それこそ一級品の『画』を撮っていました。
素晴らしい撮影監督が、映画を芸術の域にまで高めていったのですが、その撮影監督たちの中で私は、ヴィルモス・スィグモンドの撮った『画』が大好きでした。
撮影技術的なことを詳しく述べていくほどの知識はありませんが、感覚的に素晴らしい『画』を撮る撮影監督だと思っていました。
少しくすんだ砂ぼこりに射す柔らかな陽光の美しさとでも言いましょうか。そして、人間が抗うことのできない大自然の驚異を見せつけるとでも言いましょうか。
それでいて、コントラストのはっきりした『画』の撮り方もめちゃくちゃうまい。
そんな、ヴィルモス・スィグモンドの撮った選りすぐり作品5選をご紹介したいと思います。
●『スケアクロウ』(1973)
激しく砂埃の舞うオープニングから、場面的にはざらついて乾いているはずなのに、スィグモンドのカメラには湿度を感じる。そして、その湿度は同時に人間の体温まで感じさせてくれるのだ。
旅を続ける二人を遠景で撮っているところも素晴らしい。
●『続 激突カージャック』(1974)
スピルバーグ監督とは、『未知との遭遇』(1977)でも組んでいますが、そちらは特撮のダグラス・トランブルの功績の方が大きいように感じたので、こちらを選びました。
広大なアメリカ大陸で、どこまでも続く逃避行。
本作でも乾いた砂に湿度を感じるカメラで、主人公たちの焦りが観客に伝わってきました。
スピルバーグお好みの、クローズアップの連続にも技術を感じました。
●『ミッドナイトクロス』(1981)
スィグモンドは、ブライアン・デ・パルマ監督とも組んでいる。
中でもカメラが抜群に冴えまくっているのは本作だ。
先に挙げた2作品と違い、本作の主要舞台は夜。
政府主要人物の暗殺場面を偶然音で拾ってしまったがために、危険な陰謀に巻き込まれていく音響マンを描いたサスペンスであるが、その事件のきっかけとなった交通事故の場面がまずいい。
そして特筆すべきはクライマックス。
フィラデルフィアの夜の街に、悲劇の花火が打ちあがるシーンの残酷な美しさと言ったら。
●『ディア・ハンター』(1978)
スィグモンドは、マイケル・チミノ監督との相性が良かったようだ。他の作品と比べて、本作でのカメラの空気は凛として張っている。ペンシルバニアでの鉄工所の場面、そして鹿狩りに行く場面。あえてコントラストを強めにしているのか、そのカメラから熱気、そして冷気が伝わってくる。
物語が急展開してベトナムの戦場シーンの生々しさ。
特に、拷問シーンなどは過酷な撮影だったのだろうと推測できる。
●『天国の門』(1980)
そして、スィグモンドの撮影監督としての最高傑作はこれで間違いない。作品的には散々な酷評を受けた本作であるが、カメラに関してはどの場面も文句なく美しい。
どのシーンも一枚の絵画となりえる美しさなのだ。
色調は控えめにしたのだろうか、それでも心に深く染み込んでくるような『画』なのだ。
優れた絵画を観て思わず胸が高ぶり熱いものが込み上げてくるのと同じ感覚を本作のカメラは味わせてくれる。
凝り性のチミノ監督だから、きっと無理難題も多かったと思いますが、本作でのスィグモンドのカメラは、そんな要求のはるか上をいく仕事だったと思います。
カメラだけでいえば、究極の一本の中に入ると思います。
完璧。
近年はデジタル撮影が全盛なので、確かに輪郭ははっきりしているが、どうもチラチラした『画』が多くて閉口する。
そこには体温の温もりを感じない。
私は、温かみを感じるフィルム撮影の映画を愛す。
ヴィルモス・スィグモンド(Vilmos Zsigmond, ジグモンド・ヴィルモシュ、またはヴィルモシュ・ジグモンド、1930年6月16日 - 2016年1月1日[1])は、ハンガリーのセゲド生まれの映画キャメラマン、撮影監督。(Wikipediaより)