マイニチ@SPICE -261ページ目

まぶしすぎる月

 今夜の月はまぶしすぎて直視出来なかった。
 月なのに。
 しかし月も、たまには猛烈な存在感を放つものだ。

 まだ今夜の月を見ていないなら、今すぐカーテンを開けて、窓を開けて見てみよう。
 まぶしすぎる月を。

koegadenai

 急に、声が出なくなった。

 正確に言うと、朝起きたらなんだかちょっとのどが痛くて、会社に行ってまたバタバタと仕事をしていたら咳き込み始め、気がついたらずっと咳をしている状態だった。定時に帰りたいというのに周りが色々質問してきたりするので帰れず、会社を出たのは18時50分。のどが痛いよーと思いながらスーパーに行って、のど飴をなめながら帰宅。夕飯を食べている時に彼から電話が来たのが21時。声がほとんど出なくなっていた。
 今、話そうとしても、かすれた声がかすかに聞こえるだけ。

 明日声が出なかったらかなり困る。
 朝1時間くらい、電話応対するのが私しかいないのだ。いや、男性はいるのだけど、女性が私しかいない。
 どうしよう。
 薬箱を見たら、風邪薬が終わっていた。
 どうしよう。
 取りあえず飴をなめながら、お布団に潜り込んでこれを書いている。

寄りかかると支えるの違い

 人は支え合って生きていくものだと思うし自分は少なくともそうありたいと思うのだが、寄りかかると紙一重過ぎて時々わからなくなる。

 自分はこう生きたいという信念にも似た思いがあって、それは当然自分ひとりでどうにか出来るものではなく、それならば当然自分を取り囲む人々と協力し合ってその生き方を貫こうと思う。これは、寄りかかっていることになるのだろうか。お互いに支え合うという気持ちが大前提だが、捉えようによっては自分の為に周りが何かしてくれることを期待しているともとれて、それはただの寄りかかりにも思える。

 では、自分の生き方を曲げたり、自分の生き方という理想を掲げることをやめるべきなのか?

 毎日一瞬一瞬の今を生きているけれど、少し先のことも考えたくなるというもの。
 そういう思いは、なくすべきなのか。

 こういうことを考えていると、結局人は1人で生きているのかとも思えてきて、自分の思いを貫きつつ誰かと協力し合って行きていくなんて傲慢なのかもしれないとも思えてきて、悲しくなる。
 どうしたらいいのか、誰か正解を知っているの?