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♯8 回復への「仮説」(性被害体験の克服) 

 

 

 

性的・過激な描写が含まれます

閲覧にご注意ください

 

 

 

↓動画版↓

 

 

 

 

当時の自分が鬱気味だった事は自己紹介③「アルバイトと鬱」でも話しましたが、心が元気になる上で何が必要なのかは自分自身も手探りの状態でした

 

 

 

ましてやレイプされた事もありません

 

 

 

これまでの人生の中で思いつく限りの

「嫌な体験」乗り越えた方法を提供する事しかできない訳です

 

 

 

しかし、コーチング③心の成熟の冒頭部でも語ったように理論的にはどんなトラウマも向き合う事で弱められると考えていました

 

 

 

今でこそ、何が必要かピンポイントでわかるようになりましたが、当時は手当たり次第に試してみるしかありませんでした

 

 

 

机に座って思い浮かぶ事を紙に書きあげていきました

 

 

 

1 人に話して「共有」すると少し楽になった

 

2 自分の「反省点」に気付くとお互い様という気になれた

 

3 相手の境遇を知り、相手は被害者でもあると感じる事があった

 

4 今が充実していると、嫌な経験も「材料」と受け止められた

 

 

 

その時点で浮かんだのはこの位です

 

 

 

1については、洗いざらい話せたことで少しは楽になれたかと思ったのですが発作の頻度は特に変わっていないとの事でした

 

 

 

2は話しかけてきたヤンキーを「無視した」位は反省点と言えるかもしれませんが、そもそもナンパにキチンと対応しなかったと考えさせるのも無理があります

 

 

 

3は当時から教員のような視点をしていた自分だからできる見方であって、少なくとも一般的な視点ではありません

 

 

 

ヤンキー達の心情を深い所から理解するのは理想ではありますが、共感するには類似ミスの経験が必須です

 

 

 

例えば彼女がストレスから人を傷つけるような経験をすれば気持ちもわかるかもしれませんが、材料として使えそうな経験はありませんでした

 

 

 

残った最後の4が目指していく方向としては

最も可能性を感じました

 

 

 

根拠についてお話しすると

自分自身、中学校の時に部活で虐められた経験があったのです

 

 

 

入学当初は囲碁将棋部に入っていたのですが

秋頃に「やはり野球がやりたい」と退部して野球部に入ったのです

 

 

 

すると部員から

「夏の苦しい時期を避けた」と誤解され

 

 

 

実力的に劣っていた事も重なって馬鹿にされる標的になったのです

 

 

 

練習中にも意図的に取れない所に投げてボールを取りに行かせられたり、バッティング練習時にボールを当たられたりと1年位は嫌がらせに遭っていたと思います

 

 

 

この頃、空手を習い始めたのは離婚した父親対策もありましたがいじめに対抗する為でもありました

 

 

 

野球はほぼ毎日、空手は週に2-3日通っていたので毎日が筋肉痛でした

 

 

 

家から学校まで2.5キロあったので休みながら帰ると1時間かかる時もありました

 

 

 

空手を習い始めて1年程経った頃

いじめグループの一人が冗談っぽく殴ってきたので軽くさばいて腹部に一撃食らわせたのです

 

 

 

2~3割の力でしたが見ていたグループのメンバーはざわつき、以来いじめはなくなりました

 

 

 

ただ、自分の中に見下された劣等意識は残っており、一人前になりたいと高校、大学と野球は続けました

 

 

 

写真:大学では「山嵐」という軟式野球サークルを作った

 

 

 

写真:練習に明け暮れる日々、片手にはバナナの皮(笑)

 

 

 

写真:アマレベルだが「抑え」を任される位にはなれた

 

 

 

写真:小さい大会の決勝で慶応に勝利した時(前列左から3番目)

 

 

 

その後、彼らを見返す機会などないとは思っていましたが、ある日、公園で弟とキャッチボールをしていると彼らが偶然通りがかったのです

 

 

 

お互い大人になっていたので喧嘩腰ではありません

 

 

 

しかし「野球部カースト」を未だ残していたのか

 

 

 

弟に対して

「俺が教えてやるよ」

とバットを取り上げ指導を始めたのです

 

 

 

「お前の兄よりは…」という感覚なのでしょうが、見ていてどの程度のレベルかはすぐにわかります

 

 

 

しばらく横で聞いていましたが、親切心とマウント意識が半々に見えたので

 

 

 

ひと段落した所で「キャッチボールしようか?」と提案しました

 

 

 

相手は中学校の時のイメージのままなのか

「おまえごときが俺と?」という感じでしたがやってくれる事にはなりグローブを貸しました

 

 

 

彼は野球部では身体も一番大きくエースだった時もありますいじめグループのボスでしたが高校からは遊び惚けていたと風の噂で聞いていました

 

 

 

投げる球を次第に早めていくと体験してない球速に怖くなってきたのでしょうか、最初は余裕を見せていましたが明らかに及び腰になってきたのです

 

 

 

当時、全力で投げれば120㎞中盤から後半は出せたと思いますが120㎞にも届かない位の所で相手は捕球できなくなりました

 

 

 

なんとかグローブには当てられるものの掴めません

 

 

 

もう少しお灸をすえてやろうかと…(笑)

 

 

 

「もうちょっと力入れて投げてもいい?」

と言うと

 

 

 

「もう速いのはわかったけー」

とたまらずグローブを返してきたのです

 

 

 

それでも弟には「頑張れよ」

と偉そうに告げて帰っていったので

 

 

 

「また、野球やろーなー」

と二人で笑顔で手を振りました

 

 

 

長くなりましたが、ここまで成長できたのも「あの時の経験のおかげ」と確信できればトラウマに苦しめらることもありません

 

 

 

むしろ、笑って話せる位になるのです

 

 

 

コーチング的には「コンプレックス」を努力の源にしている点はいずれ修正が必要なのですがステップとしては必要な体験です

 

 

 

まずはトラウマを「糧」にする事が大切なのですが「いじめ」「レイプ」ではテーマとしては異なります

 

 

 

しかし、弱者が虐げられるという面では「構造的」には似ているような気もしていました

 

 

 

他に思い当たる方法もないですし、まずはやってみるしかありません

 

 

 

時間はかかるかもしれなくても「苦しい経験を受け入れるプロセスに違いはない」と仮説を立て、向かうべき方向を模索する事にしたのでした

 

 

 

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