毎瞬がスピリチュアル!今日の元気を得るセラピーブログ -107ページ目

鳥取県米子市にて、古代インカのシャーマンの儀式・ムナイキ伝授会を開催しました

米子にて、ムナイキ伝授会を開催しました。16名の方にご参加いただき、マスター(伝え手)も4人と大規模な会となりました。




この数ヵ月、出雲市のインドリエル・サロンにて開催するムナイキ伝授会では、鳥取や米子方面からのご参加が増えていました。

片道約2時間もかけてお越しくださることが嬉しくて、今度は裕子さんと私が米子まで出かけていこうと考えたのです。


会場へ向かうと、そこは海の前! かなり高波で、しぶきの中に虹が生まれるのを激写です。




さらに東側には、大山が輝いています。なんという祝福。




開始前に、すぐ近くの皆生温泉神社を参拝しました。

私は、ムナイキだけでなく、仕事をさせていただく土地では、神社を探して参拝するようにしています。


この日開催する伝授会にご参加の皆様のご発展をお祈りしました。




そして、お借りした会場に入ってビックリ! 7階の空間からは、海を一望でき、遠くには美保関が見えます。

儀式用に空間を区切るのは、金屏風でした! めでたい~(笑)




そして窓からは大山が見えました。




ぽっかり空中に浮かんでいるかのような、素晴らしいスペースです。

もう嬉しくて、米子の伝授会を決めて良かった~と思いました。

あ~でもない、こ~でもないと言いながら、会場のセッティングをしました。




ムナイキ伝授会は、どなたも無料でお受け取りいただける、魂の進化のためのワークです。

古代インカの言葉であるケチュア語で、ムナイとは I love You キとは Power のこと。


トレーニングを受けたマスター(伝え手)から、ひとりひとりへとお伝えしていく " I love you " のパワーです。

全部で9種類の儀式は、ひとつずつ意味も働きかけも異なります。

また、同じ儀式を受け取っても、感じ方や効果の現れ方が個人によって異なります。


だから、こんな効果と一言で説明できませんが、人生の流れが加速します。


そして、伝授会の場で生まれるエネルギーは、とてもあったかいです。

何も悩むことなく、ただ楽しく遊んでいた子供の頃の感覚や、故郷に戻ったときのような懐かしい感覚とも似ています。


今回はご夫婦でのご参加、お子さん連れでのご参加もいただきました。

場を聖なる空間へとセッティングしていく時に、パワーアニマル(精霊)を空間に呼び込みます。

それまで眠っていた赤ちゃんが、とつぜん目を開けて声を上げました。


お子さんこそ、まさにスピリチュアルな存在で、空間の変化に気づいて反応を見せてくれるのです。



儀式は、1日に3儀式までをお受け取りいただいています。

最終儀式である9儀式までを終えられた方が3名おられました。

おめでとうございます。


どの方にお伝えしたメッセージも、私の中で印象に残りました。


今回、マスター(伝え手)としてご協力くださった、マナカードセラピストの美穂さんが


「ムナイキ伝授会に参加したころは仕事を辞めることも考えていなかった。でも、マスタートレーニングを受け、ムナイキのエネルギーと、ムナイキで出逢った人たちの存在のおかげで、セラピストとして独立を果たせました。」

とシェアしてくださったのです。

ランチへ移動するときに、私の目に飛び込んできたのは大きなイーグルの彫刻です。

「美穂さん、そこに立って。写真撮るから。」 と、ツーショット。

今の美穂さんにとって、一番必要なパワーアニマルは、イーグルだったようです。

(ムナイキでは、イーグルはヴィジョンをもたらす精霊です。)




美穂さんが長年勤めた会社を辞めるということは勇気が必要だったかもしれません。


そうした勇気の決断のとき、ムナイキはそこに生まれる不安や恐怖を見事なまでに消してくれるのを、私もたくさん見てきました。


ご参加の皆さんからいただいたご感想は、裕子さんのブログにありますのでご覧になってみてくださいね。



終了後は、お時間ある方と一緒にランチバイキングへ。
たくさん地元のおいしいお料理があって、とっても美味しかったです。




これ、バナナの天ぷら。 バナナって火を通すと甘くなるんですよね。なかなか楽しいお味でした。


そういえば、鳥取って、ババアというお魚が漁れるのではなかったっけ。冬のお魚かな?




後ろ姿になっちゃったけど、マスターとして共に場を作ってくださった祥子さん、美穂さん、ありがとう。



今、私は毎月、大分、鹿児島、津(三重)、出雲で開催されるムナイキ伝授会をサポートしています。


出雲市での開催分については、今後、私の参加の頻度を減らしていく方向です。

その分、米子については、しばらくの間は伺って、多くの方へお伝えしていきたいと考えています。


来月の米子ムナイキは、祝日、4月29日です。

ムナイキ後にクリスタルボウルコンサート、私のミニ個人セッション枠の設定もあります。


お問い合わせ&詳細は、裕子さんのブログをご確認ください。

来月も、米子で素晴らしい場を分かち合えますことを、今から楽しみにしています。


素敵な一日をお過ごしください虹 

開運レッスン #13 「心はどこにある?」五感を通して心と結びつけて経験する、経験と存在の技術

私が父の会社で働いていた頃、色々と哲学的なことをよく話していました。


ある日、父が「心はどこにあるのか?」と聞いてきました。

私は脳にあると答えたのですが、答えたあとで、なんだか心がしっくり来ません。(笑)





そこで、友人にも同じ質問をしていきました。


私が聞き込みをした多くの人は、「心は心臓のあたりにある」 「身体全体が心そのものだ」 「脳が心だ」と答えました。


私はそれでも今なお、心はどこにあるだろう?と楽しみながら考えています。



さて、インドの聖マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは、心と「存在」についてを説きました。


マハリシの言葉は平易なのですが、その体験をしていない人にとっては宇宙語のように難解に感じるようです。

今日のブログは、私体験をふまえて、心のことについて、マハリシの「超越瞑想入門」という書籍 を引用しながらお話していきます。

私は弟子だったわけではなく、本を愛読しているのみですので、詳しく教えに触れたい方は、TM瞑想やマハリシアーユルヴェーダなどをご利用になってくださいね。


できるだけ易しい言葉で表現するようにしますが、言葉よりも大切なのはエネルギーでわかることですので、言葉とエネルギーの両方を使って感じてみてください。



近年、この宇宙には素粒子とよばれる物質があると提唱する人が増えてきました。

素粒子とは、物質の最小単位の粒子のことです。


マハリシは、最小単位の物質である素粒子よりもさらに精妙な層の下に、抽象的で絶対的な純粋「存在」の領域 (unified field of Being lies beyond thefieled of mental phenomena)が、あると説きました。





内側に隠れている、つまり目に見たり肌で感じたりするということを超越した領域で、物質でもエネルギーでもない生命そのものである実存、それを「存在」だと提唱します。

それゆえに、命は無限で、永遠に自由で、すべての存在は生ける神だと教えています。

この概念は、人によっては宇宙と呼んだり、また、レイキと呼んだり、神と呼んだりするのだと思いますが、マハリシの教えからは、例える言葉のない、大いなる宇宙の意志が万物に宿っているそのことを「存在」という表現にしたのではないかと捉えています。



確かに 「神は在る」 と、根拠なく、実感する瞬間、私達は「存在」と繋がっています。


この世界は、最小単位の物質である素粒子から作られているでしょう。

でもその奥に、もしくは深いところに、(奥や深いといった物理的な表現を超えたところに)宇宙全体が最初に生まれたときから宿るエネルギーが存在している。

それは拡大発展し、幸せを与え受け取り、豊かであることを思考するということをプログラムされているとしたら、そこから生み出されている万物は、どんな形をともなっても至福意識に満ちているでしょう。


この絶対の至福意識(純粋意識)は、生命の基盤となります。これが存在。

私たちはこの絶対の至福意識の基盤の上で、人としての経験を通じて学びを進めています。



「存在」が心の中にも引き入れられていると、いつも心は至福意識に満たされています。

そのため存在の不滅、永遠、不変の質が心の本質に注入されます。

そのような心は安定しており、ぐらつかず、それと同時に至福に満ち、満足しており、自己充足的で機敏です。



それでは、心はどこにあるのか? という、今日のブログ記事の問いです。

まず、この「存在」としか例えようのない概念が根源にあり、心があります。


心は五感によって知覚します。


知覚するためには五感を通して、行動するためには行動の器官を通して、心は外界と関係を持ちます。

心は深い海にたとえられますが、五感もやはり海に似ています。

心の中で語り、心がその言葉を聴くのは、心が聴覚の微妙レベルと結びつくからです。





五感の一番深いレベルを活動させると、五感の全範囲が生き生きとしてきます。
ですから、心で見たり聴いたりするということは、実は「存在」が心を満たしていないから行うということです。(わかりにくいかな?)


いま意識されている心を「存在」のレベルへと持っていき、「存在」をいま意識されている心の範囲内にもってくる技術として、瞑想が構築されています。



心が存在の領域に到達すると、心は自然にすべての自然法則のリズムに調和し宇宙的な進化の過程に合流します。


シンクロニシティが当たり前に起こり続けているのが、存在が心に満たされているサインのひとつなのだと考えています。





さて、20年の間、「心はどこにあるか?」 を考えてきた私ですが、今現在のところ、「私の心は、すべてに宿っている」 と感じています。


今日は思いがけず、概念的な内容になりました。

次の記事では、私が瞑想を通じて初めて至福意識に到達したときのエピソードをご紹介しますね。


引き続き、ブログをお楽しみください。


素敵な一日をお過ごしください虹

開運レッスン #12 好意をムダにされたと感じたときは、好き好んで手伝ったということに気づく

誰かのことを思って手伝ったのに、その好意を無為にされたように感じる…ということ、ありますよね。


自ら進んで手伝うことを申し出たにせよ、お願いされたから手伝うことにしたにせよ、手伝うと決めたなら、自分から選んだということ に、気づいていますか?





私自身、相手のことを思った行動をして、思いを捨てられたという経験をたくさんしてきました。

そんなとき、「思いが伝わらなかった…」 と悲しく感じたことはあります。



けれども、すぐに、こう思うのです。



「私が手伝うと決めたことなんだから、自分から好きでやったことだ」 と。



やる、やらないの決断は、必ず自分でしています。行動をしたのは私。


その点に気づくと、とたんに笑いが出てきます。



(もし、好きじゃなくてやったと気づいたら、それは自分に対して正直でない行動ですね。イヤイヤ手伝うなら、やめましょう。)







こうして、自分の選択だったという真実に気づいたら、その結果についても相手のせいではなく、自分の選択の責任だったと受け入れ、次なる行動を起こすことができます。



人のことは変えられないが、自分のことは変えられます。



だから、自分の 「責任の傘」 という感じに、自分の責任の範疇の中に、この出来事を入れます。

自分の傘の中に入れて、はじめて、自分の思いで物事を変えていくことができるのです。


だから、思いをムダにされたと思ったときには、この 範疇ということを考える、絶好のチャンスです。






思いを捨てられたと思って悲しく感じたのも、自分が選んだ感情です。


それ以前に、手伝わないという選択もあるし、色々なチョイスをできます。


そして、たくさんの体験を通じて学びたいと、魂は願っています。



だから、どんな選択をして、どんな結果を味わったとしても、魂は喜んでいるのですね。




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昨日は出雲市でムナイキ伝授会でした。




今回の滞在中は、1回目の伝授会にご参加が4人、2回目は3人と少人数で、出雲にムナイキを伝えにきて、おそらく最も少ない参加人数でした。

そして、伝わっていく方々の層が変わったのを実感しています。

ヒーラーやセラピストさんといった、すでにスピリチュアルな活動をされている方だけでなく、スピリチュアルに全くいままでご縁がなかった方や、興味はあるけれど自分から何かを学んだことはない…という方。

そうした方こそが、私が出雲に伝えに来た2年前から、お伝えしていきたいと願ってきました。


ムナイキは、人生を底上げしてくれるような効果があるので、どなたにもお勧めだと私は確信しています。



今日は米子市にてムナイキ伝授会を初開催します。


今年は米子、鳥取方面での活動のフィールドを広げたいと考えています。


私の祖父は岡山県の湯原出身なので、鳥取はご近所さんですね(笑)


それでは、米子の皆さん、お会いするのを楽しみにしています。



素敵な一日をお過ごしください☆