jokegirl -20ページ目

そばにいれない

 好きな人がいる

 でもその人の人生にかかわれないとわかってるから

 悲しく思う

 少しでも距離が近ければ

 それすら難しいとわかってるから

 切なく思う

 大好きっていう気持ちだけがあばれだして

 それをおさえるだけで精一杯だよ

 つらい恋を見つけてしまった

 あほな自分に同情する

 願いなんか叶わない

 すべてが叶うなら今幸せな人が不幸になる

 そんな不平等を自分はのぞめない

 自分がだめな生き方してきたからなおさらわかる

 なにかをうばうことは

 自分も相手も見知らぬ誰かもこわしてしまう

 危険がある
 
 こればかりはわがままでいきられないよ

 それをするのは自意識過剰すぎだと思ってしまう

 好きになればなるほどさみしくなるってどうゆうこと?

 好きな人がいるのにあまり幸せ感じれない

 でもね、

 でも

 ほんのささいなことが幸せにおもえる瞬間がある

 ほんと一瞬なんだけども

 …それがありがたいよ

 あの人が好き

 すごく好き

 でも手には入れられない

 自分がそばにいることはない

 大好きだからくるしい

 見つめていたいけども

 見つめれば見つめるほど避けたくなる

 だめなものをほしがってもしかたがないから
 
 それでも見てしまう自分が、いる

 好き

 ただ好き

 どうしょうもなく

 生まれ変わりたい

 それができないから

 あきらめたい

 あきらめたいよ
 

冬の雨

 冷たい雨の中で

 揺れる気持ちをおさえていたよ

 体がふるえてきたけども

 ゆらぎたくない、て必死でね

 この痛みは心のものじゃないんだと

 強く強く

 言いきかせたかったから…

 

静かな二人の時間 4

 のぶの家へ続く木々の薄暗いトンネル道に私は名前をつけている。

 トトロの小道。

 まぁ、安易だといえば安易なんだけども…

 あの映画みたときからなんかのぶの家はあんな感じ、てイメージしてしまって。

 なんていうか、昭和初期の山里の家、みたいな。

 そういえば、

 東京にいたとき、ふとここを思い出した場所がある。

 明治神宮への参道だ。

 あんなでかい道幅ではないんだけども、なんだかここの小道と雰囲気が似てる気がした。

 木や土の香り、それに小鳥のさえずりとか、木漏れ日とか。

 とにかく吹き抜けるそよ風が気持ちよくてね。

 へこんだ日は代々木駅で降りて明治神宮経由で原宿や渋谷へ買い物しによく行ってたっけな~

 1ヶ月前まで東京であたりまえのように暮らしてたのに、ものすごく懐かしい過去の記憶に感じる。

 田舎では気楽に買い物なんかできないし。

 するにしても峠を越えて山向こうまで行かなくちゃならないし。

 私、車の運転は苦手だし。

 道幅が広くてまっすぐだったら怖くないんだけどもなぁ。

 ははは。

 でも親戚のおばさんは50過ぎてから免許取ったのに、どんどん遠くまで出かけてる。

 この前は京都へ友だち乗っけて旅行してきたとか言ってたよな。

 怖いものしらず、ていいなぁーと思うよ。

 私は行けて北は沼津、南は松崎くらいだし。

 京都なんて車で行こうとも思えないよ…

 てかさ、新幹線の方が良かったんじゃ…

 ま、免許取れて嬉しくてたまらない、て感じらしいからおばさん…いいんだろうけどもさ。

 しかし、

 よく私なんかが車の免許取れたよなぁ。

 うちの高校は当時就職校だったから3年生はみんな自動車学校行けて言われてたし。

 しかたなく通ったけども…

 あんなん学校で行け行けいわれなかったら行かなかったよなぁ。

 とにかくハンドル握ると手汗かいちゃってたし、私。

 ま、いまはそこまでひどくないけども。

 あ、だけども免許持ってて良かったかも。

 身分証明書のかわりになってたし、バス使うより自由な時間で峠越しできるし。

 お父さんいたころはずっとお父さんにお願いしてつれてってもらってたけども。

 してくれる人がいない、というのは自分自身が強くなる、てきっかけになるね~

 嫌だった運転、なんだかんだで今してるし。

 …範囲は狭いけどもね。

「ねー、のぶ。

 あんた免許もってるら?」

「んー、

 ん」

「でもさー車どこ置いてんの?

 ここまで乗りいれはできないら、さすがに」

「ん、

 持ってない」

「へ? 
 
 あんた車ないの?」

「うむ。

 下の宮ジィの軽トラたまにかりるだけ」

「えー、宮ジィまだ生きてたのかー

 て、知ってるけどもさ生きてんのは。

 てか、それメンドくない?

 だって宮ジィ軽トラ使ってたら使えないじゃん」

「うむ」

 たいして問題じゃない、て感じでのぶはうなずいた。

 宮ジィはうちらの中学の英語の先生だった人だ。

 たぶん、のぶの時もいたと思う。

 お姉ちゃんの時だっていたし。

 うちの中学じゃヌシという別名もついてたくらい長く勤めていた先生だったから。 
 
 私が教わったときもうすでにおじぃさん先生だったしね。

 宮ジィで思い出すのは独特の英語なまりな日本語だ。

”せ”の発音が”しぇ”だったり、”そ”が”しょ”だったり。

 よく男子が宮ジィのモノマネしてばかにしてたのを覚えてる。

 しかもけっこうポマードくさくてその残り香で「あ、宮ジィが歩いたあとだ!」とか、わかったくらいだ。

 そうそう、宮ジィの自慢は”英国英語だ”、ということだったけ。

 うちらにはわかんなかったけども…その自慢がどうゆうことか。

 でも当の宮ジィは英国紳士が使う英語をマスターしてるから米国ナマリは教えない、と胸をはっていたっけな。

 宮ジィがしゃべると「しぇんしぇーはね、本当の英国の英語をしゃべれましゅからねー、米国のなふぁりなんかおしぇーましぇんよ」となる。

 なかなかに味のある先生だった。

 どうゆうわけか、私は宮ジィには好かれてたみたいで、みんなといてもきまって私に先生は声をかけくれた。

 内緒でまんじゅうもよくもらったっけな~

 もう宮ジィはけっこうな歳になるとおもうけども、母さんの話しだと退職してからはボランティアでいろいろやってる、そうだ。

 車の運転もしてる、ていうし。

 あの歳で…ホント先生は若いねー、てのがみんなの意見らしい。

「のぶ、自分の車は買わないの?

 駐車場なら下にいっぱいあったじゃん」

「んー、

 今はあんま必要ない。

 たまに使うだけだし」

「そか」
 
 まー本人がいらないてならいいんでしょう。

 維持費もばかにならないし。

 今買い物もネットできちゃうしねー

 わざわざ峠越ししなくてもいいちゃーいいし。

 私も正直、ネットばかりで買い物してるもんなぁ、この頃は。

 運転するのメンドクサイから。

 のぶと最近の町のことなんかを話しつつ、ゆっくり歩いてたら、ぱっと明るくなった。

 小道を出たのだ。

 古いつくりの小屋のような家がすぐある。

 のぶの家だ。

 のぶは家のわきに置いてある三つのゴミ箱のうちひとつのふたをあけて、持っていたビニール袋からコーヒーの空き缶2本を取り出して捨てた。

 さっきごちになったやつだ。

 えらい。

 ちゃんと分別してるのかー。

 田舎だとまだまだ分別浸透してなかったりするんだけども。

 うちの母さんだってたまにうっかり分別し忘れて(いやめんどくさくてだと思う)、しないまま捨てることがある。

 で、私がやり直すのだ。

 東京で暮らしてたから嫌でも気になる。

 分別ちゃんとしないとゴミを持っていってもらえず、しかも袋あさられたりして、かなり嫌な思いをしたからだ。

 習慣になってしまった、こればかりは。

 だからちゃんと分別してる人を見ると嬉しくなる。

 同志よ、と。

 おおげさだけども…ホント、そうゆう気持ちがこみ上げるのだ。

 のぶはビニール袋を結んで小さくしてからとなりのゴミ箱へ捨てた。

 ポケットの中のゴミくずと一緒に。

 で、

「ばぁちゃん、ただいま」

 のぶは玄関の戸を横に引いて中に入っていった。

 最近引き戸の玄関もあんまみかけない。

 しかもすりガラスの戸だ。

 子供の頃は気にもしてなかったけども、よくみたら花柄でとてもかわいらしい。

 昔のガラスは芸が細かい。

 なんだかおしゃれだなーと思う。

 今のガラスは味気なさ過ぎる
 
 ガラスだけじゃなくて電化製品も。

 子供の頃は花柄のポットなんてのがあった。

 今は黒なら黒、て感じだもんね。

「こんにちはー」

 私もひょっこり玄関から首をだして中の様子をうかがった。

 手を置いた半開きの玄関の戸が、がらがらがらとスムーズに動いたのでちと驚いた。

 古い家って立てつけが悪くなって動きが悪いてイメージがあったので。

 なかなかに家をしっかりメンテしてる、ぽい。

 のぶの家は年数からしてボロボロでいつ壊れてももおかしくないって思い込んでたけども、実はかなりしっかりしてるみたいだ。

 外見だけ見ると古い小屋、て感じなのに。

 のぞきこんだ家の中はだいぶ様変わりしていて、驚いた。

 木のぬくもりを大事にしてます、みたいな喫茶店の店内のようなつくりになってるのだ。

 やすらぎ空間、そんなフレーズが頭をよぎった。

 これは”こだわりの家”とかいう雑誌に投稿してもいけるんじゃないだろか?、とさえ思える。

 子供の頃は玄関はいると高い土間で「うんしょっ」と、靴をぬいであがった記憶がある。

 入ってすぐ畳の居間だったし。

 でも今は喫茶店のように靴のまま入っていいようだ。

 てか、もうここ喫茶店だろ。

 目の前にカウンターがあって、ソファーもあって…

 いやいや、驚きはそれでけじゃない。

 それよりなによもり意外とのぶの家が広いことに気がついた。

 間仕切りがほとんどなくなってて、開放感がある。

 昔の和室の、こまごました感じがないのだ。

 あんなに狭いというイメージがあったのに…

 ヨーロッパとか、なんか海外の家みたい。

 なんて表現したらいいんだろう。

 TVで見たことある風景に似てる。

 モダンなカフェ。

 …喫茶店とかわりない表現か。

 うまい表現がでてこないよ。

 私がきょろきょろ玄関からのぞいてたらのぶが「入れば」とうながしてくれた。

 おじゃましまーす、とおそるおそる私は入って、”!” すぐ出た。

 やばい靴の土とらねば、と。

 玄関先のマットにスニーカーの靴底をこれでもかとこすりつけてから再度「失礼しまーす」と家の中に入った。

 なんだか好きかも、この内装。

 とにかく落ち着く雰囲気がある。

「ねぇ、のぶ。

 あんたっち喫茶店でもはじめたん?」

「いや」

「えーしてないのに、この内装?

 てかだいぶかわりすぎて驚いた。

 こんな広かったんだーここの家。

 ちと良さげすぎっー」

「ん。

 全部オレがした」

「えーマジでっ

 できちゃうんだ。

 あんた天才だら」

「ん」

 すごいなー、と感心してしまった。

 しかも趣味なのか、と。

 これなら喫茶店にしてもいいくらいだと思う。

 …いや、無理か。

 ここまでくる人なんて、まずいないだろうしなぁ。

 あの坂だし、ここわかりずらいし。

「なんにがっ、ん、ずら。

 のぶ、おめーのおかげでおれがどんだけ暮らしずらいかわかるずらかぁ

 たく、相談なしにかえちまいやがってよーふざけんなずら」

 喫茶店(ということにしちゃって)の奥の方から声がして、懐かしい顔が現れた。

 のぶのおばぁちゃんだ。

「おまえがかってにどんどこうちん中変ちまうからよーおれ落ち着かないずら。

でもよ、まぁーそれも今日までずら。

 おれもう行くずらよー」

 のぶのおばぁちゃんはあいかわらず元気そうだ。

 ちょっと生意気な風に聞こえる口調がかわいらしい。

「おばぁちゃん、お久しぶりです」

 私がぺこりとおじぎすると「おぉ」とおばぁちゃんは感嘆の声をあげた。

「なんだー真由ちゃんかー

 すぐわかったずらよ。

 かわらねぇーなぁ、おまえ。

 あいかわらず男の子みてぇずら」

 …男の子って。

 おばぁちゃんは懐かしい笑い方で近づいてきて私の手を取り握手した。

 正直、お世辞でもいいから「美人さんになったずらね」と言われたかったな。

 まぁ格好からして男みたいだけども。

 パーカーだし、迷彩柄のパンツだし。

 首からヘッドホンたらしてるし…ノーメイクだし。

 しかしおばぁちゃんの手はいまだに大きい。

 子供の頃も大きいと感じたけども、今もそう思う。

 しわしわでごつごつしてて、力強い手だ。

「せっかく真由ちゃんきてくれたけども、おれここ今から離れるずら。

 九州の娘んとこいくきゃら、のぶのことよろしくずらよぉ」

 そういっておばぁちゃんは私の尻をぱんぱんと叩いて玄関から外へでていった。

「あーお母さんっ、手持ちの荷物はこれだけでいいのっ?」

 奥からうちの母くらいの歳の女性がでてきて先にでたおばぁちゃんに大声でたずねた。

 この人がのぶのおばさんか。

「おー、それでいいずら。

 あとはのぶが送ってくれるきゃらよ」

「ん」

 おばぁちゃんが外でそう言うと、のぶは私の隣りで”こくん”とうなずいた。

「あら、のぶくんの彼女? 

 いいわね~

 じゃのぶくん、あたしら行くから、がんばんのよ」

 そういってのぶのおばさんもさっさかと外へ出た。

「か、彼女じゃないです」

 私が言うと「あらそうなのー。あーお母さんひとりでいかないでよ、危ないから」と外から声がした。

 のぶも外にでた。

 もちろん私も追ってゆく。

 自分的にはもっと感動的な別れがあるかも、とか、もっとゆっくり思い出話しができるかも、と思ったんだけども…

 なんかあわただしいし、意外にあったりだし…

 ちょっと不満ではないけども…、なんか納得できないというか…しょんぼり、て感じ。

 いやいやこれが現実な別れなんだろう。

 ドラマの見すぎんだな、自分。

「のぶ、のぶっ、おまえ先歩くずら。

 おれがひっころがったらこまる」

 坂道まで出てきて、おばぁちゃんがのぶを前にさせた。

 のぶは当たり前のようにおばぁちゃんの前に出て、ゆっくりと歩きだす。

 おばぁちゃんはのぶの背中をつかみながらその後ろを慎重に慎重についてゆく。

「お母さんのぼりはまだまだ歩けるけども、このくだりがねーもうね、のぶくんいないと無理なのよ」

 私はのぶのおばさんからおばぁちゃんの荷物を「持ちます」と言って受け取って、一緒におっかなびっくりに坂をおりだした。

「私もここの坂怖いですから、おばぁちゃんもいやだったでしょうね」

「そうねー

 あたしもここあまり好きじゃなかったし。

 まぁお母さんはあぁゆう人だからなんともおもってないかも、だけども…

 さすがにもうやばいと感じたのねー、歳を」

「そうですね、この坂は大変ですものね」
 
 私がこれはねー怖いですよねーとうなずいたら、

「それもあるかもだけども、

 動けなくなってのぶくんに世話になるのは嫌だって思ってるほうが強いかもね。

 のぶくんのことホント好きだから迷惑かけたくない、て。

 ずっとほったらかしにされてたあたしに面倒見ろ、て言ってくるくらいだし」

 のぶのおばさんはすごく嬉しそうに笑った。

 ちょっと考えが足りずにひとり「坂怖いですもんね」、とわかった風で納得してた自分がはずがしくなった。

 目の前をのんびりのんびり降りてゆくのぶと、それにつかまりながらゆっくりゆっくり下を見ながら歩くおばぁちゃんの風景が、なんだか素敵だった。

 この景色に合う。

 まるで映画のワンシーンじゃないか、と。

 ひとりかってに感動して涙がでそうになった。

 別れの悲しさより、ふたりの歩みに心うたれた自分がいる。

 坂の下にはいつのまにやらタクシーがついていて、きっとそれに乗り込んで行っちゃうんだろう。

 おばぁちゃんも、のぶのおばさんも。

 のぶは今、なにを思い、なにを考えてるのかな。

 おばぁちゃんはきっと私が思うよりあっさりとわりきってる気がする。

 この町をでること、のぶと別れるということ。

 なんだかそんな気がする。

 潔い女、てのを、なんだか感じるんだ。  

 カッコイイ人生だ、て思える。

 おばぁちゃんからまったく別れの悲しみがでてないんだもん。

 ちょっとそこまで行くだけだら、てそう思わす雰囲気があるよ。

 だから、のぶの顔にも悲しさがでてないのかな。

 いや、のぶは心で泣く子なのかもしれない。

 かわいそうだから、たまには私がのぶのとこに顔をだしてやるか。

 でかくなった弟だって、たまには姉に甘えたいときもあるだろう。

 …たぶん。 

 天気が良くて、ホント…良かった。

ためらう言葉のそのかわりに

 傷ついてる友だちに

 なんて声をかけたらいいのだろう

 自分が思ってることが友だちに伝わらなければ

 ただのおしつけになってしまう
 
 なんて伝えたらいいんだろう

 メールは嫌だな

 電話も嫌だな

 そばにいて肩をぽんてたたいてあげれたら

 なんかそれでいい気がするよ

 言葉は難しいよ

 選び間違ったらどうしよう

 心に触れたいとき

 やっぱとなりで黙って背中に触れてあげたい

 ほしいものやいらないものはやっぱ本人じゃないと気づけないよね

 よかれとおもうことが間違いだとお互い悲しいよ

 友だちだから誰よりも優しくしてあげたい

 そうありたい

 

ほほえみたい

 今

 空が高く

 高くて

 手を差し伸べることすらできなくて

 憧れを抱いて見上げては

 キレイすぎるよ、と 

 涙こらえてる

 石

 ころがる足元

 土の上

 うつむいて歩くありんこ数えるけど

 かがみたくない

 もう子供じゃなきゃできない

 どろんこ遊びは

 汚れたくないのに

 靴はどんどんすりきれへって

 いつでも新しいのほしがるんだ

 でも

 捨てるのはいつでもできるって

 つぶやきながら

 いまだはいている

 こんな自分になにができるのだろう

 空は高くて

 足元は泥だらけで

 いっそ地べたにねころべたら

 きっと

 なにかわかるかもしれない

 そうであってほしんだ

 そして

 差し出される手に甘えて

 起き上がれたらと

 願うんだ

 にこり、と照れながら
 
 笑えたら…

 いいだろうな