長男の不登校に続いて、今日は次女の事を書きます。
前回のブログで長男の不登校を「まるでトンネルに入った
ようだ」と例えましたが、次女の場合は全く違う感覚でした。
例えて言うなら、まるで、穴ぐらに落ちたようでした。
突然の真っ暗闇、手さぐりするも、すぐ前は、壁、壁、壁。
何が起きたのか、どっちが出口なのか、それよりも
一体、何をどうすればよいのかさえも解らなくなりました。
先に次女の方が不登校になったからかもしれませんが、
「親として信じて待っていれば良い」というような心境には
到底なれなかったことを痛烈に覚えています。
先に少し、第一子の長女の思春期の事を付け加えますと、
彼女が中1になったとき、やはり長男の時と似た感覚に
なったことがあります。
それは、中学校の入学式の時、ふと、後ろの保護者席から
名前を呼ばれた娘の背中を見た際、まるで見覚えのない我が子の
後ろ姿を目の当たりにした時に、急に襲った不安でした。
「一体、あれは誰だ?!」と。
それまでずっと横を歩いていた娘が、ふいに親の私を追い越し、
成長した彼女の背中を初めて眺めた瞬間だったかもしれません。
その不安は的中したのか、そうして、部活でのいじめや
友人との確執といった中学時代を迎え、親として初めての
子どもの思春期に突入していったのでした。
幸い?彼女は不登校にはなりませんでしたが、長女の中学3年間も
穏やかなものではありませんでした。・・・そんなことを言っていたら、
きっと、どの親御さんもお子さんもみんなそれぞれ色々な葛藤の中で
思春期を迎えられ送られているということなのでしょうけれど。
話を次女に戻しましょう。
彼女が不登校になったのは小学校6年生の春でした。けれど、
その前から兆候があったというのは前回少し触れました。
初めての異変は、小学校3年生の時、突然「死にたい」と言ったのです。
親としては、本当に、心底びっくり仰天しました( ゚Д゚)
今にして思えば、その頃の彼女の生活のほとんどは学校だったので、
「学校に行きたくない」というメッセージだったかとも思うのですが、
当時はただただ言葉を額面通りに受け取り、夫と二人で懸命に
「貴女を愛しているから、死んではいけない」という話ばかりしていました。