そうこうしている間に2年の月日が経ちました。

 

その間も次女の奇行とも言える目に余る行動はありました。

小学4年生でありながら、学校でのおもらしや、ライターでの

火遊び、冷蔵庫からお酒を持ち出し飲んで酔っ払っていたり。

その間、ずっとおしゃぶりも続いていたと思います。

 

それでもまだ続けて3日以上学校を休むということは

なかったと思います。頑張って登校していたんですね。

 

そして、小学5年生の3学期になった頃、「学校」という言葉を

聞いただけでも吐くようになったのです。ランドセルを背負って

玄関を出ようとすると、歩行がおぼつかなくなり、転倒したことも。

 

限界だと思い、私から学校に休学を願い出ました。

 

とりあえず、6年生になるまでの間、思い切り休ませようと思いました。

 

やがて春休みになり、6年生となった新学期。担任の先生は5年の時と

変わらず、そして、保健室の先生が「おいで」と言ってくれたのを皮切りに、

保健室登校が始まりました。けれど、それも1か月と続きませんでした。

 

とにかく「学校」というキーワードが、彼女をどんどん衰弱させていくようで、

母親としては、もう一度、休学の選択をするしかありませんでした。

 

思えば、小学校3年生からの2年間、おかしいと思いながらも学校に

無理に行かせたのだから、彼女が再び元気になるまでにはそれと

同じ時間か、或いは倍の時間がかかると覚悟しました。

 

そこで、娘と決めた目標があります。

それは、一年後の小学校の卒業式に出ること。

あとは何にもなし。とにかく、卒業式には出る。

そうでなければ、小学校がいつまでもいつまでも

彼女の人生に続いていくように思えたからです。

 

そして一年後、全く教室に通えなかった次女は、

卒業式の壇上で、校長先生からちゃんと卒業証書を

いただきました。全校生徒600人が見守る中で。

 

その時は、ただただ涙が止まりませんでした(´;ω;`)ウッ…

 

他のお子さんから見たらハードル低いかもしれませんが、

「よく頑張ったなあ」と心から娘を褒めたたえました。