そんなドタバタな様相の次女の不登校。

実は、小学校時代は、今から思えば序章でした。

 

決して「楽しもう」とか「悩まない」とか、そう努めていた訳でもなく

私も次女も正常?を保てていたのは、まだこの頃は余裕だったから。

 

そう思えるのは、その時が過ぎ去った今だからですが。

 

やがて、中学に入学した次女ですが、この地区は3校の小学生が

ひとつの中学校に入学するという、県内で2番目に大きな中学です。

 

知らない友人もできますが、もちろん、同じ小学校の同級生も

ほぼ全員「おなちゅう」となるわけです。不安はありました。

(決して、小学校でいじめがあったとか、意地悪な子がいた訳では

 ありません。ただ、かつて次女が不登校であったということを

 知っている人が同じ中学に何人もいるという漠然とした不安です。)

 

でも、きっと私も娘も希望もあったと思います。

学校が変われば、きっと、行けるようになる!と。

 

長女は前年この中学を卒業していましたが、3年生には

長男もいました。自分自身は中学生の保護者4年目。

 

だからこそ感じる不安ももちろんありましたが、それでも、

前回書いたように、不登校が2年間~4年間になることを

覚悟・・・は正直出来ていませんでしたが、想定していました。

 

それと、ここまで触れていませんでいたが、パパ=夫は、

次女の不登校に関しては、理解を示しながらも、口に出さず、

いろいろな思いはあれど、静観している状態でした。

 

あくまでも、次女の不登校に関しては・

 

そして、中学に入学して2か月間・・・一日も休まずに

登校し続けていた次女は、6月の初旬に、まるで

充電の切れた電池のように、ぱたりと倒れ、その日から

再び不登校生活へと入っていったのでした。

 

そして、ここからが、本当の戦いの始まりでした。