下図は昭和23年頃に作成されたものと思われる。

船が浮かぶ湾は「青森湾」、中央にある川は「堤川」、川の上流にそびえる山が「八甲田山」で手前が「前嶽」である。

堤川の上流を左に折れ、崖が描かれた川が「駒込川」となる。

堤川と駒込川が交わる付近の山側が「筒井村」で歩兵第五連隊の営所があった。

駒込川沿いに描かれた崖の中央付近が「大滝」で、山口少佐、倉石大尉、伊藤中尉、小原伍長らがいた場所である。

その崖の上に描かれた群青色の一番高い場所が「馬立場」、崖左端に「田代元湯」、「田代新湯」があった。

 

吉田 初三郎「青森市鳥瞰図」の一部(青森県立図書館デジタルアーカイブ)

 

 馬立場には遭難記念碑の「後藤伍長像」がある。悲劇の象徴ともいえるその銅像の見学に訪れる人は今でもいるが、決して多いとはいえない。その馬立場の南西300メートルに「銅像茶屋」がある。店頭で五平餅やおでんなどが売られ、店の中には食堂と土産品売場があった。また、店の脇に八甲田山雪中行軍記念館「鹿鳴庵」があり、五連隊の遭難史研究家小笠原弧酒の集めた事故に関する資料が展示されていた。

 遭難事故の調査等において、何度となくその食堂を利用していた。だいたいラーメンを注文し、たまにおでんも頼んだ。今年は経営上の都合で営業されていない……ラーメンだけではない寂寥を感じる。(来週に続く)