2025年2月17日に「山と溪谷社」から発売されます。
捜索にあたった佐藤中尉が会津の父親に送った手紙に、行軍出発当時の状況、捜索状況等が記されていました。
それには驚愕の事実もあったのです。
倉石大尉は遭難原因を記した手記を偕行社記事に投稿していました。
発行される3日前に倉石大尉は戦死しています。
31連隊の行軍は教導に頼り、宿泊は民家に頼った。
毎晩ではないが、風呂に入り、飲酒をしています。
八甲田山中では遭難しかけていたものの、嚮導によって踏破しています。
その際、五連隊の遺体と遭遇していました。そして嚮導は、山中に置き去りにされたのです。
今回は、津軽の風土記ということに留意しました。
以下は、「山と溪谷社」のHPから引用しております。
今回、新たに発見された捜索隊・佐藤中尉の「佐藤書簡」と倉石大尉の「倉石手記」――。
捜索隊の新事実をもとに再構成された青森5連隊と弘前31連隊の大量遭難の全貌に迫る。
特に、今回明らかにされた捜索隊の佐藤中尉の書簡から、2年下の下士候補生の参加に対し、山口少佐と口論になり本人が不参加となったこと、予行行軍がなかったこと、村人から出発を延期するよう進言されていたこと、大崩沢と田代元湯での救出状況など、新たな事実が明らかにされていく。
第5章「山口少佐の死因」では山口少佐の自殺説と暗殺説を分析、遭難原因と黒溝台会戦までを記述。
佐藤書簡をもとに八甲田山遭難の全貌が明らかにされる。
序章
第一章 虚構と真実
津軽/新田次郎と『吹雪の惨劇』/「佐藤書簡」の存在/証言と奇妙な設定
軍備拡張と師団の創立/ライバル意識
第三章 雪中行軍の準備
因縁の五連隊と三十一連隊/捏造された予行行軍
第四章 雪中行軍隊の光と陰
一月二十日 三十一連隊行動開始/一月二十一日 五連隊行軍準備開始/一月二十二日 出発前日の偵察と宴会/一月二十三日 五連隊行軍開始/一月二十四日 帰路不明/一月二十五日 神成大尉の怒号と集団パニック/一月二十六日 神成大尉、田茂木野を目指す/一月二十七日 後藤伍長救出される/一月二十八日 遺体遭遇と嚮導置き去り/一月二十九日 三十一連隊の彷徨と事情聴取/一月三十日 旅団長と福島大尉の衝突/一月三十一日 山口少佐救出される/二月一日 捜索隊と現場取材/二月二日以降 全遺体収容と処分/三月十四日 福島大尉の転任
第五章 山口少佐の死因と遭難原因
自殺説と暗殺説/真の遭難原因
終章
あとがき
雪中行軍年表
