神成大尉の悲壮に満ちた怒号「これはだめだッ!これは天が我ら軍隊の試練のために死ねというのが天の命令であるッ!みんな露営地に戻って枕を並べて死のうッ!」は、生きて帰りたいと思っていた将兵を動揺させた。そして、パニックが発生する。
「人心恟々且つ喧囂たり、多くは此の時任意前進、人心分離して四分五列の状を呈し一所に集合せざりき」(後藤伍長病床日記から)
このとき、演習部隊はパニックによりバラバラになり、また、そこから逃げ出すものも出ていた。
前嶽を登り、第二宿営地に戻った時点で点呼すると、十数名行方不明となっている。
「任意解散」という言葉は、1月29日の『東奥日報』に初めて出現する。
これは、一番最初に救出された後藤伍長の証言に基づいている。
演習部隊は本当に任意解散したのか。(来週に続く)
恟々(きょうきょう):おそれてふるえあがるさま
喧囂(けんこう):がやがやとやかましいさま
(蛇足)
遭難事故から生還した倉石大尉は、遭難事故の原因を明言しているが、
それは、俗にいわれている「気象」でもなければ、「指揮の混乱」、「情報不足」、「認識不足」でもない……