嚮導の5名は2時間ほど田代新湯を探し歩いたが、結局見つけることはできなかった。

そうしたなかで、偶然、空小屋を発見し、焚火をして暖を取ることができた。

「吾等は生きて帰る見込みがあるだろうか?」

「食料は大尉ら一行に預けて置いてきたので一食もない。吹雪は益々烈しくなるし、さりとて新湯に着くのはむずかしく此の地の鬼と化すに近いであろう」

「吾等はこの侭では唯死を待つだけであるから彼等を残して増沢へ引き返してはどうだろう?」

 慎重に協議したが、意見はまとまらず時間が過ぎるばかりだった。

「若し吾等五名が不幸にして途中遭難!と仮定すれば大尉等一行も同様無残な途を辿るであろう、そうなれば彼等の消息を何人が世に伝えようか、伝える者がいない。また吾等の事をも何人が家族に伝え得るだろうか、途中命尽きて倒れるものがあるかも知れないがすぐに引返し一行を連れて来てこの小屋で一夜を明かそう」

 意見はまとまったが、皆、悲壮感に満ちていた。

五名は、福島大尉の無慈悲な扱いを怨まなかった。留守1名を残し、決死の覚悟で4名は外に出た。

「外界は魔の暗夜、依然として吹雪は烈しく前の方から吹きつけ身を支え難く、先ほど通った路は早くも跡形もない。又もや肩で雪を押し泳ぐようにして進んだが幸いに道を間違わずに赤川で待ちわびている一行に再会し隊長に小屋の発見を伝えたところ即時に同意してくださった……」

小屋にたどり着いたのは、「東の空がほのぼのと白みはじめ午前五時頃と思われた」。

「小屋は全員を収容するにはせまいので隊長は仕方なく半数を屋外に……屋内の者と交互に暖と食事を摂らせた」

 嚮導のおかげで教育隊は命拾いをしたのだった。

泉舘伍長は『八ッ甲嶽の思ひ出』に、「もし吾等が此の掛小屋において多少でも休憩しなかったならば直後に来る氷山を踏破するとき悲惨の最期を遂げねばならなかったかもしれないのであった……」と書いている。

「二時間ほど休憩した。大尉徐に我らにいうに『最早新湯に行く必要はない。君等は此処から引返すよりはいっしょに青森へ出る方が便利ではないか』とのことばに一同は喜びそれに同意して午前七時頃同小屋を後に出発した」

「相変わらず先頭を命ぜられて進むほどに雪は小降りになったが酷寒は益々加わり積雪既に身の丈を越すあり様で胸で雪を押しながら立ち泳ぎの状態で前に進んだ」

 福島大尉は、結局、甘い言葉を使い、道案内とラッセルのために嚮導を残したということになる。(来週に続く)