突破口 (後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

1週間後おれは、両脚電信柱の男を待っていた。


ところが、治療時間になってもあの男は来なかった。


予約時間30分過ぎた頃あの男の紹介者から電話が掛かった。


この紹介者は、ある会社の社長で20年位前に鞭打ち症の治療を切っ掛けにおれの所に来るようになり症状が改善してからもヘルスケアの為に月1回おれの治療を受けていた。


電信柱は、彼の会社の従業員だった。


社長の話によると電信柱は、大分痛みが取れ浮腫も引いて来たので遠路長岡京市まで行かなくても自宅の近所山科で治療を受ける事にしたと言う。


おれは「そうですか 分かりました」と電話を切った。

そして明後日その社長の治療日だったのでその時電信柱の件をもう少し詳しく聞いて見る事にした。


治療に来た社長は「あいつ誰に治してもらったと思ってるんだ」とかなり怒っている。

「おまけにその治療院で毎日通院するように言われて先生の倍以上の治療費を先払いで10回分も払ったそうです」と怒りが修まらない。


おれは「ほおぅ なかなか金持ちだなぁ」と思わず笑ってしまった。

「その治療院は、おれの所に来る前に行ったのとは違う治療院ですか?」と聞くと「いや同じ治療院ですが試しにもう1回行って見たら今度は効果が出たと言ってました」と社長は悔しそうに言った。


「治療効果が出たならいいんじゃないかな」とおれが言うと社長が「先生腹立たないんですか?こんなのは裏切りじゃないですか」と鼻息が荒い。


「おれが、どうこう言っても患者の決めた事だから仕方ないだろう」とおれが淡々と言うと「ああぁ 何かモヤモヤするなぁ」と義理堅い社長は、何か言って欲しげにおれの顔を見た。


おれは「何も怒ったりモヤモヤする事は無い おれのあの男に関する仕事は、あの物凄い浮腫とそれに伴う痛みに対する治療の突破口を開いてやれただけでも充分だと思う」と言ってから「あれ程の症状に対して突破口を開ける整体治療師は、そんなに居るもんじゃ無いしね」と付け足した。


それを開いた社長は「なるほど そうですよね」とようやく穏やかな表情になった。

そして「ぼくは、これからも先生の治療をずうっと続けますから宜しく」と真面目な口調で言った。


おれは「フフン こちらこそ」と不敵な笑顔を浮かべて答えた。