黒犬伝 その18 (後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

おれとアクは、その何かに近付いて正体を知った。


素っ裸の老人が、川原で小石を積んでいた。


痩せ細った爺さんの後ろ姿は、まるで妖怪だった。


アクは、無闇に人を襲う犬じゃない。

しかし爺さんの真後ろ50cmの所で臨戦体制になっていた。


この爺さんが少しでも危険なそぶりをみせたらアクは迷わず爺さんを襲うだろう。


おれは、素早くアクの首輪にリードを着けた。


おれとアクに気付いた爺さんは振り向き「あっち行け」と力無く言った。


おれが「何やってるんです?大丈夫ですか?」と聞いても黙々と小石を積み続けている。


おれは、その頃まだ携帯を持って無かったので麓の交番まで降りて警察に知らせる事にした。


山林の入口に車を停めていたのでそこから10分位で交番へ行った。

交番には誰も居なかったが交番に設置されている電話で訳を話して警官を呼んだ。


ところが、当然パトカーで来ると思ったら若い警官がバイクで一人で来た。


「何を考えてる?バイクじゃあの爺さんを保護出来ないぜ」とおれが苛立ちながら言うと「先ず自分が一人で様子を見るように言われました」と若い警官は言う。


おれは、警察の対応の悪さに腹が立ったが「ようし分かった案内するから付いて来てくれ」と自分の車に乗り山林の入口まで警官のバイクを先導した。


そこから歩いて山林に入ると辺りは薄暗くなっていた。


前方にボンヤリ白く爺さんの裸体が浮かんでいるのが見えた。


「あの人です じゃあおれは仕事があるので帰ります」とおれが引き返そうとすると警官が「一緒に来て下さい」と言うので仕方無くおれも爺さんの所へ行った。


若い警官が「ご主人こんな所で何しとるんかな?」と聞いても爺さんは「あっち行け わしが悪いね」と言ってその場を動こうとしない。


若い警官は、結局もう一度広い所に戻り無線でパトカーを呼んだ。


おれは、自分の名前と連絡先を教えて帰るつもりだったがまた若い警官が「まだ居て下さい」と心細そうに言うので一緒に居てやる事にした。


辺りは暗くなっていた。


パトカーを待っている時 若い警官が「この犬絶対護ってくれてますよね傍に居るだけで何か安心出来る気がする」とアクを見て言った。


「ああ もう16才の老犬だけどおれに何かあったら命懸けで護ってくれる こいつはそんな奴です」おれはアクの頭を撫でながら言った。

そして「16年間ずっとおれを護ってくれてるんですよ」とおれは、独り言のように言った。


その時ようやくパトカーが来たのでおれとアクは自分の車に乗って帰宅した。


3日程して警察から電話がありあの爺さんは、長岡京市内の精神病院を抜け出して捜索中だったと言う事だ。



昔 悪い神が熊に化けて人々を襲った。

それを見兼ねた良い神が怒り犬に化けて熊を倒した。

北海道の先住民アイヌの神話にそんな話がある。