前を歩く者 (前編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

おれの住んでいる長岡京市は、筍と竹工芸品の産地だ。

従って少し市街地を外れると竹薮が至る所に見られる。

おれが、子供の頃に比べると大分減ったが、それでもまだまだ残っている。


おれがまだ20代の頃 普段あまり行かない竹薮と竹薮の間の道を午後6時頃犬の散歩で通り掛かった。


一車線の舗装道路ではあったが、冬の午後6時と言えば街灯の少ないこの道は、かなり暗く車も滅多に通らないし歩いている人に会う事も殆ど無い。いわゆる竹薮の世話をする農家の車が利用する道だ。


おれと愛犬のアクは、人の多い道が嫌いだったので たまにそんな散歩コースを楽しんでいた。


その日も おれ達は、暗い道を黙々と歩いていた。


暫く行くと突然アクが、グイッと前に引っ張ったのでおれは、目を凝らして前方を見た。


30m位前に大きな男が歩いていた。


暗がりを歩いている時のおれとアクの感覚器官は、通常の2倍位敏感になっている。

しかしおれの耳には、前方の男が歩いている足音が聞こえない。


それともう一つ不思議な事に おれ達の歩く速度は、相当早い筈なのに ノッソリダラダラ歩いている男に全く追い付かない。


アクも異様な気配を察知してか背中の毛を逆立てている。


おれ達は、歩く速度を更に上げてみたが、前方の男との距離は一向に縮まらない。


「どう言う事だ?」とおれが独り言を呟いた時 男が唐突に左側の竹薮に入って行った。


おれは、そこに農作業用の小道があるのかと思った。

ところが男が左折した場所に行き着いても そこに道は無かった。

そして耳を澄ましても薮の中を歩く男の足音も無ければ気配すら無かった。


おれは、全身総毛立つのを感じながら足早に歩いてやっと人里に戻って来た。


その時見えたガソリンスタンドの灯がとても明るく感じた。



後編に続く