癒えない痛み(後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

あの日 別れ際におれが「元気になったらワラビでも穫りに行こう」と言ったら
「そうやね 行きたいなぁ」と彼女は、精一杯の笑顔で答えた。

おばちゃんは、おれと駅前で会った日から半年後に心臓病が悪化して亡くなった。


あの日 彼女と会った後おれは、師匠と野外練習だった。
2月の冷たい夜風が、いつも以上に身に滲みた。

おれの頭の中は、彼女の事で一杯で練習に身が入らなかった。

偏屈で警戒心が強く 簡単に人に懐かないおれと仲良くしてくれた優しい人だった。
彼女が別れ際に見せた精一杯の笑顔が、おれの胸の奥で浮かんでは消えて行った。

そんな事を考えてぼんやり正座している時突然「隙だらけじゃ!」と師匠がおれの両肩を前から思い切り押して来た。

「しまった!」とおれは慌てて右足を大きく引いて踏ん張ったがその時右足第一指の関節がビシッと強烈に痛んだ。

この時傷めた足指は、現在に至るまで時折思い出したように疼く。

或いは、おれの治療技術でこの痛みを自分である程度治せるかも知れない。

だが、おれはこの痛みを敢えて治療する気は無い。

何故なら この痛みは、隙と油断についての戒めになっている。
精神的なダメージが隙を生むと言う事を覚えておく必要がある。

そしてこの痛みは、おれを可愛がってくれたおばちゃんの思い出と直結している。
彼女との思い出は、おれにとって掛け替えのない大切な思い出だ。

だからおれは思う。
時には、自分の身体の何処かに一つ位 癒えない痛みがあってもいいのだと。