座布団回し(後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

30年以上前は、八光流師範の許可が下りた日の夜は、各地の師範が集まり宴会が開かれ 新師範は、先輩師範達の接待と宴席での一芸を披露する慣わしがあった。

一芸と言っても大抵の新師範は、カラオケを一曲歌うのが決まりのようになっていた。

この日新師範は、おれ以外に2人居たが2人共カラオケを歌いおれの順番が来た。

おれは、カラオケが大嫌いだ。
無理に強要されると無性に腹が立つ。

「君は、何を歌うんだい?」と司会の先輩師範がマイクを渡そうとするので
「いや おれは座布団回しますからマイクは要りません」と言うと先輩師範は「ふうーん?」と不思議そうにしていた。

座布団回しをこんな大勢の前でしかもちゃんとした芸として披露するのは初めてだった。
だが、ここで迷っている暇は無い。

おれは、即興で演目を構成し座布団を寝た状態から回し正座そして立ち上がって回す連続技から始めて 次に右手から左手左手から右手と回っている座布団を何度も往復させた。

コンパニオン達は、乗りがいいので皆口々に「凄い!」とか「面白い!」と声援や拍手を送ってくれた。

最後に客席の一番前に居た強面の古参の師範に座布団を渡して「こっちに向かって投げて下さい」と頼んだ。

強面の師範から投げ返された座布団を人差し指でキャッチしてそのままフル回転させて頭上に飛ばしそれを両手でキャッチして「以上です」と締めくくった。

おれが、得意げに舞台から降りるともう1人の新師範が来て「いい芸だねぇ 羨ましいよ」と絶賛してくれた。

「芸は、身を助けると言うが、何処で何が役立つか分からないもんだ」とおれは、独り言のように呟いて窓の外を眺めると そこから見える風景が少年の頃 寺の数学塾の窓から見ていた風景と似ているような気がした。