約束(前編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

おれは、春 桜が咲く頃になると思い出す男がいる。
そして同時にその男と交わした約束を思い出す。

桜のシーズンにやって来たその男は、患者で石屋のオヤジだった。


この石屋のオヤジの症状は、右肩が痛くて上がらないと言う。
肩関節周囲炎 平たく言えば五十肩と言われる症状だ。

おれが早速治療に掛かると石屋が言った。
「1ヶ月以内に治りますかねぇ」
おれは「五十肩にも色々ありますから確約は出来ないです」と正直に答えた。
石屋は少し残念そうに「やっぱり無理かなぁ」と考え込んでいる。
「1ヶ月後に何かあるんですか?」と聞くと「東京で大きな仕事の話があるんですが肩さえ治ったら仕事を受けたいんで」と石屋のオヤジは肩を擦りながら言った。

おれも職人気質だからオヤジの気持ちはよく分かる。

この日 治療を進めて行く内に何とか1ヶ月以内に治せそうな感じだったので「1ヶ月以内 何とかやってみるか」とおれが独り言のように言うとオヤジは「本当に!」と寝返りを打っておれを見た。
「東京の仕事受けて大丈夫ですか?」とオヤジは目を輝かせた。
おれは「その代わり2、3ヶ月掛かる所を1ヶ月で治すとなるとその分痛みを伴う治療になるかも知れませんよ」と今後の展開を少しだけ予告しておいた。

「わしは、辛抱強いから遠慮無くやって下さい」と石屋のオヤジは自信満々に言った。

これが、おれと石屋のオヤジとの間で交わされた約束だった。


後編に続く