奇人変人列伝 その10(後編)!! | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

数日後 約束通りその男はやって来た。

かなりの大男で くそ暑いのに黒い皮のコートを着 それに合わせて鍔の広い黒皮の帽子を被っている。
スキンヘッドにサングラスがまた不気味なムードを醸し出している。

練習に入るまでの時間にも相手を殺傷する技の話ばかりするこの男におれは、ある種の危険な幼稚さを感じた。
言わば子供にピストルを持たせるようなもんだ。

そんな事を考えている内に練習が始まった。

おれは、取りあえず男の手首を掴んでみた。
おれは相手の手首を掴む事で相手の技量を測る。

手首を掴んでみておれは「おや?」と掴んだ自分の手の力を抜いた。
(素人か?)とおれは、拍子抜けした。
中国拳法と合気道の使い手にしては手応えがない。

次に「手鏡」と言う技を掛けたら男は「うわぁ!」と叫んで倒れ「いたたた」とすっかり元気が無くなった。
そして「師範 こんな時は、冷湿布ですか温湿布ですか?」と質問して来た。
「勿論 冷湿布だけどこれ位でいちいち湿布してたら練習終わる頃にはミイラになってるぜ」とおれは、思わず吹き出してしまった。

意気消沈した男は、その後30分程練習に参加して残りの時間は見学だけしていた。

やがてその日の練習は終わり 異様な男は、意気消沈したまま帰って行った。

この男の武歴の話は何だったのか? 只のはったりだったのか?事実武道を修行したが うまく身に付かなかったのか?

あの異様な男の事を今にして思えば もしあの男の武歴が本当で好戦的で危険な男だったとしたら おれは、あの男を征する事が出来たのか?お互いに無傷でいられたのか?

あの男に関しては考えさせられる事ばかりだが 次はいつ いや例え明日嘘偽り無く危険性を孕んだ挑戦者が現れるか分からない。

それを思うと背筋が寒くなるが 武道の師範とは、そんな商売だ。