黒犬伝 その4(後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

おれは、猛獣の出現に度肝を抜かれたがアクは既に猛獣の存在に気付いていたようだ。

20センチの間隔で向かい合った2匹の犬は、正に一触即発だった。

3分過ぎた時 アクは、いきなりシンノスケの鼻っ柱にポンッと自分の右前足を置いた。
シンノスケが激怒して「ガオーッ!」と地の底から響くような声を出したのが戦闘開始の合図になった。

先に動いたのは、シンノスケだったがアクは直ぐに反応した。
2匹は、物凄い勢いで闘っていたがスピードでは遥かにアクが勝っていた。

1分足らずで勝負は着いた。土煙の中でシンノスケは絶命寸前だった。
横倒しのシンノスケの喉頚には、アクの牙が深々と食い込んでいた。

後からやって来て猛獣と化け物の死闘に遭遇したシンノスケの飼い主は、真っ青になって「何やこれ!滅茶苦茶や!」と叫んで自分の犬を救出しようとしたがアクの顎は万力のように締め付けて離れない。

おれは、手を貸してやりながら「これは正当防衛だ」と言うとシンノスケの飼い主は「やり過ぎやろ!」と怒ったが「こんな狂暴な奴放して歩いてて勝ってな事言うな!やらなければこっちがやられてたぜ」とおれは、言い返した。

おれは、近くの家でバールを借りてアクの顎をこじ開けてシンノスケを救出した。

シンノスケの飼い主は、もはや文句を言う気力も無く自分の犬にリードを着けると無言で去って行った。
この飼い主は、その後シンノスケを放して散歩する事は無くなった。

帰り道 アクは、何事も無かったようにトボトボ歩いていた。
とてもほんの15分前に体重だけでも自分の2倍以上ある敵と闘った後とは思えない。

気付けばもう暗くなっていた。すれ違うバイクのヘッドライトに照らされてアクの目が緑色に光った。


昔 悪い神が熊に化けて人々を襲った。それを見兼ねた良い神が怒り犬に化けて熊を倒した。
北海道の先住民アイヌの神話にそんな話がある。