奇人変人列伝 その9(後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

試験2日目 試験会場に行くと ニヤけた男が既に来ていて情報収集活動に励んでいた。

おれが「おお ご苦労さん」と声を掛けたらあいつは「おはよう 色々収穫あるから後で話す」と頼もしい事を言って人混みの中に消えて行った。

10分後 会場の中の廊下を歩いていたらニヤけた男がより一層ニヤけた顔で女子3人相手に親しげに話し合っていた。

おれは、その時これがこいつの情報収集のテクニックだと気付いた。

おれは興味が湧いたので この男の行動を観察する事にした。
奴は、新たに2人組の女子に近付き「今何時かな?時計の調子が悪くって」と話し掛けたと思うとそこから15分位話を引き伸ばし2人組から巧みに情報を聞き出していた。

恐るべき事に奴は、ナンパのテクニックを情報収集に利用していた。

「なるほど その手か」あいつのテクニックを見てると おれにも出来そうな気がして近くにいた女子で試してみた。「今何時かな?時計が調子悪くてねぇ」と話し掛けたら「ももももうすぐ8時半です」とその女子は小走りで去って行った。どうもおれは、ナンパの才能は無いらしい。

それに引き換えあいつは、その日の試験が終わるまでに情報を5、6個入手しておれに知らせてくれた。

「それにしても凄いテクニックだ 絶対真似できない」と絶賛していると「うん 任せて」とあいつは、笑って胸を張った。

その年入手した情報は、次の年の実技試験に大いに役立ち おれ達は保育資格を取得した。


その後 ニヤけた男は、保母と結婚し養護施設の指導員になり 紆余曲折あった後八光流の師範になったおれの道場に入門した。

あいつは2年程道場に来ていたが指導員の仕事が忙しくなったので
道場に来れなくなった。


親に見捨てられたり 死に別れたり 事情で親が育てられなくなった子の面倒を見るのが養護施設の仕事だ。
あいつの屈託無い笑顔は、きっと施設の子供達の暖かい光になっているだろう。

そして あいつと過ごした遠い夏の思い出は、今もおれの心の灯火として残っている。