ある夏の夜 大蛇ヶ池公園に涼しい風が吹き抜けていた。
おれと 師匠公山先生は、いつものように滑り台の傍の広場で練習を始めた。
公園の所々に若いカップルが、目に付く。
涼しい夜風に誘われて 集まって来るようだ。
その日は、二段技の巻き込みと言う技の練習だった。
この技は、最終的に足で相手の脇腹に当て身を入れるのだが その為には、倒した相手の手首又は前腕を自分の胸に引き付ける必要がある。師匠は、この胸に引き付けるコツを「自分の お乳を抱くように」と表現する。 今回その表現法が災いした。
おれが、師匠に技を掛け 師匠の腕を引き付けようとした瞬間 師匠の大声が、公園中に雷鳴のごとく響き渡った。
「そこで お乳を抱くんじゃーっ!!」
この時 公園に居たすべてのカップルが凍りついた。
おれの気のせいか虫の声まで止んだように思えた。
師匠は、普段ボソボソ喋ってるのに 何かの拍子に とんでもない大声を出す。
「まいったな こりゃ」と呟くおれの背後に「まだまだじゃ」と言いながら近づいて来る師匠の足音が迫っていた。