無視された民意
国会議員は、国民の代表である。
学生時代、私達はその様に学んだ。
しかしながら、今の国会は、その言葉のように機能していない。
格差を生む政策が、次から次へと通り、民意とかなりかけ離れたものになってしまっている。
国民のため。それは違う。議員や官僚のため。その様に思えてくる。
生活に余裕がある人には、何ともないことだが、低所得者にとって増税法案は、首を括れと言わんばかりの身勝手な法案だ。
もはや、政治は国民のためでなく、議員の選挙のため、そして、議員や官僚の老後のために私達の尊い税金がむしり取られている。
この様な悪魔のような時代が続けば、何れ、日本という国が崩壊する。
ならば、何故、高度経済成長著しい時代に不況の対策を講じてこなかったのか。それだけに情けなさを感じる。
出すものもない、そんな厳しい時に、更に増税など、悪代官のやること。
議員は誰を信じたらいいのか。もう分からない。
責任を国民に押し付け、議員や官僚は安全圏に。
これでは国会の意味は全く無い。
搾り取るだけ取って、苦しむ人に救済など一切しない。
これが民主主義なのだろうか。
自民党、民主党、公明党の三党。
もうあなた方は、国民の苦しみが見えないのか。
高い位置から見るのでなく、低い位置から見ることが、本当の政治だろうと私は思う。
もしも、この法案が成立すれば、そう遠くない未来、日本は無くなってしまうだろう。
血の通った政治、国民に対する保障。
それこそが、民意の求める政治なのだ。
私は最後まで、今の政治を反対する!
学生時代、私達はその様に学んだ。
しかしながら、今の国会は、その言葉のように機能していない。
格差を生む政策が、次から次へと通り、民意とかなりかけ離れたものになってしまっている。
国民のため。それは違う。議員や官僚のため。その様に思えてくる。
生活に余裕がある人には、何ともないことだが、低所得者にとって増税法案は、首を括れと言わんばかりの身勝手な法案だ。
もはや、政治は国民のためでなく、議員の選挙のため、そして、議員や官僚の老後のために私達の尊い税金がむしり取られている。
この様な悪魔のような時代が続けば、何れ、日本という国が崩壊する。
ならば、何故、高度経済成長著しい時代に不況の対策を講じてこなかったのか。それだけに情けなさを感じる。
出すものもない、そんな厳しい時に、更に増税など、悪代官のやること。
議員は誰を信じたらいいのか。もう分からない。
責任を国民に押し付け、議員や官僚は安全圏に。
これでは国会の意味は全く無い。
搾り取るだけ取って、苦しむ人に救済など一切しない。
これが民主主義なのだろうか。
自民党、民主党、公明党の三党。
もうあなた方は、国民の苦しみが見えないのか。
高い位置から見るのでなく、低い位置から見ることが、本当の政治だろうと私は思う。
もしも、この法案が成立すれば、そう遠くない未来、日本は無くなってしまうだろう。
血の通った政治、国民に対する保障。
それこそが、民意の求める政治なのだ。
私は最後まで、今の政治を反対する!
人を救うということ
私は、鍼灸マッサージ師。
かれこれ、国家試験を受け合格し、鍼灸やマッサージ師の免許をいただいて、15年。
早いものだ。
私が、この仕事について考えること。それは、人を救う大切さとは何か。と。
自分では、一生懸命患者さんのために邁進しているつもりでも、それが自己満足に過ぎないときもある。
必要なことは何か。
直向きさ。そして、相手に対する敬意。
それしかない。
今私が感じることは、行きすぎた事をしていないか、患者さんの本当の苦しみを感じようとしているだろうか、と。
治療家に有りがちな事は、一つ、治療が上手くいくと、自分は何でも治せると奢りが出てしまい、肝心な治療に必要な真心を忘れてしまうこと。
私も以前は、そんな傲慢になったときもある。
人は脆いもの。だからこそ、自分に鞭を入れ、いつでもゼロに、初心に帰ることが何よりも必要だということ。
人を救いながら、実は自分が救われていることを気付くとき、更なる志が芽生える。
全てを救うことはできない。しかしながら、自分の治療が少なからず、患者さんの笑顔を取り戻せるなら、僅かなことも決して無駄ではない。
私の尊敬する鍼灸の先生方は、口を揃えてこう話す。
お金が初めじゃない、患者さんを本当の意味で救うことが初めなのだと。
鍼灸と私が書くのは、心に打つ鍼を患者さんにして差し上げたい一心だから。
人生のほんの1ページで、私の治療で笑顔になっていただける。それが、私の目指す鍼灸やマッサージ。
かれこれ、国家試験を受け合格し、鍼灸やマッサージ師の免許をいただいて、15年。
早いものだ。
私が、この仕事について考えること。それは、人を救う大切さとは何か。と。
自分では、一生懸命患者さんのために邁進しているつもりでも、それが自己満足に過ぎないときもある。
必要なことは何か。
直向きさ。そして、相手に対する敬意。
それしかない。
今私が感じることは、行きすぎた事をしていないか、患者さんの本当の苦しみを感じようとしているだろうか、と。
治療家に有りがちな事は、一つ、治療が上手くいくと、自分は何でも治せると奢りが出てしまい、肝心な治療に必要な真心を忘れてしまうこと。
私も以前は、そんな傲慢になったときもある。
人は脆いもの。だからこそ、自分に鞭を入れ、いつでもゼロに、初心に帰ることが何よりも必要だということ。
人を救いながら、実は自分が救われていることを気付くとき、更なる志が芽生える。
全てを救うことはできない。しかしながら、自分の治療が少なからず、患者さんの笑顔を取り戻せるなら、僅かなことも決して無駄ではない。
私の尊敬する鍼灸の先生方は、口を揃えてこう話す。
お金が初めじゃない、患者さんを本当の意味で救うことが初めなのだと。
鍼灸と私が書くのは、心に打つ鍼を患者さんにして差し上げたい一心だから。
人生のほんの1ページで、私の治療で笑顔になっていただける。それが、私の目指す鍼灸やマッサージ。
灯り
ほっとする瞬間は、暖かな光を目にするとき。
輝く光は、命を明るく照らす。
消えゆく炎を消すことに力を注ぐより、また再び光を与える力が必要。
しょうがないことなど、ありはしない。
自分の中にある光を信ずることが出来るか。
そこに答えは見つかる。
どんな暗闇であろうと、諦めず歩き続ければ、必ず光が見えるように、成すことが出来る。
命有る限り、心の灯を灯し続ける。
日々の中に、必ずそれが見える瞬間はあるはず。
情熱と言えば分かりやすいかもしれない。
諦めるな!
自分の人生、精一杯命を燃やして、末まで灯りを灯し続けてほしい。
輝く光は、命を明るく照らす。
消えゆく炎を消すことに力を注ぐより、また再び光を与える力が必要。
しょうがないことなど、ありはしない。
自分の中にある光を信ずることが出来るか。
そこに答えは見つかる。
どんな暗闇であろうと、諦めず歩き続ければ、必ず光が見えるように、成すことが出来る。
命有る限り、心の灯を灯し続ける。
日々の中に、必ずそれが見える瞬間はあるはず。
情熱と言えば分かりやすいかもしれない。
諦めるな!
自分の人生、精一杯命を燃やして、末まで灯りを灯し続けてほしい。