鍼灸師チュモンの縁側日記 -14ページ目

鍼灸は局所だけを診ない

私のやっている鍼灸のスタイルは、先日お話しした経絡治療。
この治療法は決して患部だけを診ないというのが特徴。
むしろ全体を見て体質改善を目的とするのが最大の利点。
どうしても治療となると必ず痛みなどがある局所だけを考えるが、痛みの根元はもっと深い場所にある。
人は完璧な状態で生きてはいない。必ず、何らかの病を発症しやすい体質を持っている。
バランスがとれた状態なら病は発症しない。
だが、バランスが崩れた場合に病が発症する。それにともない、体の表面に痛みとなって現れる。
その大元を良くする。これが経絡治療の考え方なのである。
痛みを改善させるだけでなく、発症しにくくし、体質改善に大いに役立つものであるのだ。
論より証拠。治療を受けねばその効果は実感できないが、私の鍼灸院へいらした患者さんの殆どは、その効果を実感されている。
長い人生、自分自身の体と共に生きるのだから、ケアは大事。
めんどくさがらず、一度、このような鍼灸を受けてみられることをおすすめする。

私の鍼灸道

私のやっている鍼灸に欠かせないもの。
道具?知識?
様々あるが、まず患者さんを慈しむ手。
どれだけ勉学に励んでも臨床に使えなければ意味はない。
私は基本、ノートをとらない。何故か。ノートにとってしまうとそれだけで安心して、何も頭に入らなくなる。講習を受けるときも私はとにかく質問と目で見て覚えることだけに終始した。
やはり、実践がモノを言う仕事なので、実際に己が患者さんを治療している目線で学ばなくてはいけない。
本番は自分だけが頼り。患者さんに安心を持たせられるよう、己の力を尽くす。
私は「まこと鍼灸院」を開業してもう14年目に入った。様々な症状や患者さんを診てきた。
これ専門と言うわけでなくやれることを全て、患者さんのために捧げる覚悟で今日に至っている。
まだまだ修行が足らん。
私は師匠を持たずに開業。初めのうちはかなり舐められたものだ。26歳から鍼灸院をやっているので。
しかしながら、諦めることだけはしたくなかったので、患者さんが先生と思い、経絡治療をより自分の手足のごとく使えるよう研究している。
臨床には謙虚さが大切だ。何より、私は患者さんに生かされているからだ。
患者さんが必要とする限り、私はこの身がなくなるまで、鍼灸道を続けていきたい。
話がそれたが、私が治療家として、患者さんに優しい手を心がけている。
道具、知識。勿論大切。
しかし、それらをキチンと使いこなせる手や技術をマスターしなくてはならない。
経絡治療は理論や技術の難しさから、鍼灸師でもやる人は少ない。
だが、患者さんの治療の予後が明らかに違うことだけは確かだ。これははっきりしている。
その為にも治療家としての手を作らなくてはならない。そして己の全てを出せる技術を持たなくてはならない。
道具等は、それから後でも十分だ。

これからも己を磨き、精神、技術共に、多くの患者さんの為に私の一生を捧げていきたい。

わがばっかい

鹿児島弁で「わがばっかい」は自己中を意味する。
最近はこの「わがばっかい」が増えた気がする。
道路を走っていても確認せずに飛び出して、自分が悪いのにクラクションを鳴らすドライバーや、電車やバス等の席を強引に払い除けて座ろうとする若者。
確かに人間自分がかわいい。だが、そんなことばかりしていると、やがて孤立してしまう。
「わがばっかい」を「お陰様」に変えなければ。
物に恵まれ過ぎて、基本的な人間愛を失いつつあるご時世。「お陰様」の心を持ち、周りの人を大切にする心を養ってほしい。
人類皆兄弟。