『ひまわり』~泣く回数ではこの映画に敵わない | 話題満載 池ちゃんの『破常識』で行こう!

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御存知「ソフィア・ローレン」「マルチェロ・マストロヤンニ」主演、1970年の名作です。


動画

https://www.youtube.com/watch?v=sWSXI2XIp_4


<あらすじ>
アントニオとジョバンナは挙式をあげますが、第二次世界大戦が始まって徴兵されてしまいます。
戦争が終わり、ジョバンナはアントニオと同じ部隊にいた男から「ソ連の極寒の地で倒れたが、雪の中を誰かに助けられたはず」という話しを聞きだし、ソ連へ渡り必死に探し始めました。
やっとの事で住んでいる家を見つけだしたのですが、彼にはすでにマーシャという妻と子供がいました。アントニオはマーシャに凍死しそうなところを助けられた時、一時的に記憶を失っていたのです。
その、あまりにも幸せそうな姿を目の当たりにしたジョバンナは、アントニオと話しもせぬままイタリアへ帰ってしまいました。
後日、居ても立ってもいられなくなったアントニオは、ジョバンナと暮らす決心をしてイタリアへ向かいます。しかし、時は既に遅く、ジョバンナも結婚し、子供が産まれていたのでした。

   ☆   ☆   ☆

この映画、子供の頃に観たときは単なる「哀しい名画」「戦争はいけない」だけでしたが、結婚して子供が出来てから見ると、感動と言うより魂を揺さぶられます。
最後にまた触れますが、ラスト近くの子供の名前を訊くくだりなどは、やはり子供時分に見ても言葉の裏に隠された「意地」と「愛」までは感じ取れませんでした。ま、当然でしょうね。
また、イタリア映画の特徴なのでしょうが、「美しい」と言うより生々しく「皮膚感」が違います。
やっとの事でアントニオを見つけ、招き入れられた現在の妻マーシャの家。枕が2つ並んだベッドに子供を叱りつける声。思わずジョバンナに積年の感情がこみ上げ、私も一緒に泣いてしてしまいますが、この「子供」が重要なキーワードなのだろう、と私は思います。
新婚旅行のシーン。山のように積み上げられた「生卵」が出てきますが、食べ切れぬほどの大きなオムレツはそのまま子供への大きな願望。ここから、この「子供をしかる声」と最後の「子供の名前を訊く」シーンまで、「夫婦」=「子供」=「幸せ」の構図が見えてきます。今の価値観とは大分乖離しているのかもしれませんが、当時も今もその価値観を持つ男女にとっては切実な問題なのです。
また、この映画はアントニオ、ジョバンナ、そしてマーシャと、どの立場に立っても「自分でもそうするだろう」と思えて悲痛です。一方的な悪者など存在しません。どちらの国が悪いという事でもなく、ただ「戦争が悪なのである」というスタンスを貫いています(こうしないと、ロケ撮影の為に当時のソ連に入れなかった事情もあるのでしょうが)。

では、最後にアントニオがジョバンナを訪ねた夜のセリフ、胸が締め付けられて痛いほどです。

ジョバンナ「子供よ」
(略)
アントニオ「名前は?」
ジョバンナ「アントニオ・・・」
アントニオ「僕の名を?」
ジョバンナ「聖アントニオの名よ」

この映画、昔観たけど子供が出来てからは観ていない、という方は是非御覧下さい。かつて観た時とは全く違う感動に襲われますよ、きっと。